時代に即した「地酒」のあり方を追求する〜大泉葡萄酒訪問。

記憶に新しい第5回甲斐Vin 2006ワインセレクション。その、白ワインの部にて辛口・甘口共に入賞(辛口=「Grand fontene イズミ(2005)」が3位。甘口=「甲州新酒(2006)」がなんと1位! 2006年11月23日記事参照。)を果たした大泉葡萄酒さん。地味な存在でありながら、甲斐Vinワインセレクションだけで無く過去の国産ワインコンクールにおいて受賞歴を持つ事からもその実力は高レベルであることが伺えます。
甲州新酒」は本Blogでも、単なる流行の「柑橘香」甲州種ワインではなくトータルバランスに優れたワインとして度々取り上げているのですが、その陰には優れた醸造技術の支えがあるからこそ出来るのではと考えてます。そこで今回の訪問では、工場長を努めておられる河村大介氏にいろいろとお話を伺うことにしました。
大泉葡萄酒さんの前身は、「日本ワインの黎明期に名を刻む二人」の内の一人、土屋龍憲(もう一名は高野正誠)が取締役として就任した『達磨葡萄酒合資会社』で、かつて『菱山中央醸造』さんでの仕込み手伝いの記事中で触れた所謂「ブロック・ワイナリー」の一つです。その詳細は大泉さんのWebページや、小生もお付き合いのありますみ=ご様とcrow 様の共同運営、『自転車で行く・訪問 日本のワイナリー』の大泉葡萄酒さんの項で触れられてますのでそちらを参照して頂くとして、現在の株式会社制に移行したのが昭和38年でブドウ持ち寄り農家約100名程が株主となって運営に参画しています。
主力は甲州種の白ワインですが、約10年前の赤ワインブームにより以前は8割白ワインだったのが、現在では約5割となり黒ブドウは株主農家では「幻のブドウ」と呼ばれるアジロンダック種(ラブラスカ系)を主に栽培し、それ以外は株主以外の所より国産ブドウ(甲斐ノワール山梨県産、メルロ=長野県産。)を仕入れています。
工場長の河村氏は必要な所では醸造技術により手を入れる事を厭いませんが、最小限の範囲においてであり、基本は出来るだけブドウの素質を生かすよう心掛けております。その証拠に、先の「甲州新酒」をメルシャンさんから開示された技術を元に試作し、同時に並行して試作した十数社がメルシャンさんにサンプルを持ち込み分析依頼したところ、柑橘香の元であるチオール系化合物3-メルカプトヘキサノール(略称:3-MH)の量は平均的であったにも関わらず、官能評価ではベスト3中に入ったのです。つまり、3-MHだけが突出するような不自然な風味にテクニックだけで持って行くのでは無く、あくまで自然に「香り立つ」ようにしたという所に上記の姿勢が反映されていると小生は考えております。
現在はその「辛口バージョン」を醸造中で3月には数量限定でリリース予定との事。タンク中のサンプルという断り書きがつきますが、それでも期待を伺わせる出来でした。とても楽しみです。また、現在販売中の銘柄についても試飲しましたので、以下にコメントを。
○「勝沼の地ざけ(白・辛口)」
定番商品でノンミレジムですが、酒質は申し分ありません。ネーミングから小生はもっとオーソドックスな馴染みの残糖感のある風味なのかなぁと試飲前は予想していたのですが、残糖は控えめな感じでキリッとした辛口に仕上がってます。河村氏が本来の食中酒として相応しい辛口のスタイルに徐々に切り替えているとのこと。なるほどと納得デス。
○「Grand fontene イズミ(2005)」
厳選された良い作柄の甲州種を使用し、冷凍濃縮により補糖を行わず本格辛口としたワインで、洗練された風味で程良いボディ感が特徴的です。冷凍濃縮では減圧濃縮のように果実味を揮発させる事も無くしかも安価という利点があることから河村氏は同じ濃縮でも有効な技術として評価し、積極的に利用してます。ここにも、先程の姿勢が窺えます。
○「勝沼の地ざけ・ゴールド(2004、白・辛口)」
こちらも厳選された良い作柄の甲州種を使用し、冷凍濃縮・発酵後にフランソワ・フレールの樽中で(訂正:正しくは樽発酵です。2007.3.9.)熟成させた「地ざけ」の上級版です。フランソワ・フレールは樽香が柔らかく付くこともあり非常に口当たりが円やかでかつ冷凍濃縮の効果と相まって奥行きのある味わいになってます。とても美味しいです。
○「貴香子(2002、白・甘口)」
創業100周年を記念して制作された傑作ワイン。冷凍濃縮・樽の導入(こちらも樽発酵)の先駆けとなったもので前述の「勝沼の地ざけ・ゴールド(白・辛口)」を支える技術の基礎となったワインで国産ワインコンクール受賞ワイン(銅賞、2004年、甲州の部)でもあります。
古酒という域とまでは行きませんがでもそれに近いハチミツのような香りと風味で濃厚な琥珀色のワインであり、そうでいてベタ甘ではなく上質な味わいなのには感心させられます。
○「甲斐ノワール(2005)」
河村氏曰く、「ようやく納得の行く形」となった甲斐ノワール種100%の赤ワイン。
独特の酸味のあるブラック・クイーンと渋味の強いカベルネ・ソーヴィニヨンを交配させた品種故に下手をすると暴れん坊となり結構美味しいワイン造りが難しいブドウと小生は考えてますが、酸味と渋味のバランスが取れています。瓶熟が進むともっと良くなりそうな気がします。
○「Grand fontene メルロー(2001)」
長野産の良質なメルロを使用した大泉さんでは珍しい県外産ブドウを使用したメルロ種の赤ワイン。
あえてセニエによる濃縮をせず優しい口当たりとなるように仕上げたとのことで、河村氏の根底に流れるポリシーがここにも反映されてます。丸6年近く経過し、枯れたガーネットの色彩から熟成の域に達していることが良く分かります。
あと、今回は抜栓されてなかったので試飲はしませんでしたが、シェリー酒と同様に産膜酵母による酸化熟成を施した甲州種の一升瓶ワイン「アストリアワイン」、非常に興味が魅かれます。(リンク先は、先述の『自転車で行く・訪問 日本のワイナリー』です。)シェリー酒も好きな小生はいつか味わって見たい銘柄です。
実力を有しながらも控えめな佇まいに徹する大泉葡萄酒さんは、まさに地元に根ざした古き良き「葡萄酒醸造元」の姿を残しつつ、丸ごとトレンドに乗っかるのでは無く時代の流れを上手に取り入れる事で洗練さも両立しています
レベル的にも相当なのですが、日本ワインの歴史を振り返るという意味でも日本ワイン好きの皆様には一度味わって貰いたいワイナリーと思うのでした。
(工場長の河村氏には本当にお世話になりました。改めてこの場を借りて厚く御礼申し上げます。)