(書評)誰かさんのように「不都合な真実」を『都合のいい様』に用いるのはいかがなものか?〜真に「食と農」の行方を案ずる一農経済学者の渾身の力作『日本の食と農・危機の本質』

Amazonの紹介文にて

食の安全・安心、都市と農村の交流、企業の農業参入、農村環境保護、、、といったスローガンを声高に唱えながら、日本人は自身の食生活には驚くほど無頓着、なおかつ優良農地の転用・人為的損壊にも無関心。なぜ日本人は病理的矛盾から目をそむけるのか。真の処方箋は何か。斬新な角度から食と農を語る。

と書かれている本書は、最近巷の話題からだけでは無く、本当に日本の社会がさしかかっている重大局面に対し、市井の視点を踏まえた地道な方法論を果敢に模索している神門善久氏が、「絵空事」では無い現時点で考えうる限りの論説を、あえて世に問うために書籍化した著作です。

内容は多岐に渡るのでここでは敢えて端折りますが(ここで内容を書いてしまうのは本末転倒なので、是非自分で手に入れて中身を読んで欲しいです!)、断片的にしか分からなかった農協(JA)や農地転用規制等「日本の食と農」に関する問題を、筆者が自らのフィールド・ワークと併せてしかも明確な資料から俯瞰的に網羅し、それらの問題点に対する考察や私見をキッチリと描き上げた書籍(というより、論文で言う所の「総説」に匹敵する程)で、このご時世だからこそ読むべし!と言い切っても過言ではありません。
それだけこの問題は、複雑かつ大変なのものですが、本書の優れた所は巷によくありがちな単純な二元論*1で問題を斬って結論を出すのでは無く、一つ一つ丹念に審らかして行く過程に時間を割き、多元的な視点の下で食と農がいかなる方向に進めば良いかを丁寧に示唆し、かつ現実的かつ具体的な提案をしている点です。
こう云った事が出来たのも、著者が農家出身でありかつ「農」に対する愛情を人一倍持っているからだと小生は思います。それは、冷徹な視点も交えつつも、「結語」の章で、「日本の食と農」そのものだけでは無く産業全般や社会全体を良い方向へ導くよう願いを込めつつ筆を置いている事から伺えます。
この本を読んで興味深く感じたことは、現行の農業の「もたれ合い構造」とそれを容認する当事者とその周辺の人々と、それに対して一面的な批判をする「いかにもな知識人とか団体」といった反対のための反対の名の下に集まる人々が、実は『同じ穴のムジナ』であることです。即ち、『昔の原風景(ノスタルジー)』や捩じ曲げられた真実に固執し、本当の意味で経済的にも精神的にも豊かになれるように知恵を戦わせることを避けている何とも言えない「アホらしい」状況なのです。そして、純粋に農業で収益を得ている人が日の目を見ないだけで無く、そういった状況を深く知ることが出来なかった消費者(わがままな人からまじめ(?)な人も含め全員。そりゃそうです。だって『現場』が分からないから無理もありません。)が実は「破滅に繋がりかねない方向」へ誘導する天秤の片棒を担ぐ張本人の一員でもあるのです。(最近の「食品問題」や「環境問題」ではありませんが、まさに今年の冬の気候の如く「お寒い」話なんですわ、ハイ。)
高度経済成長期の頃のように幸福な夢を無邪気に語れる時代だと、「もはや戦後では無い」のスローガンの下で(利害が一致しなくとも)単純な目標を共有出来たでしょう。しかし、無限の成長は有り得ない訳ですから、そうした夢だけで生きて行けない人の性まで炙り出され、結果本来有るべき秩序をこしらえないままのツケが今回ってきている。端的に言うとそんなもんやないの? と私自身は考えています。
悲しいかな、現実は厳しいもの。しかし、ハッタリの姿に惑わされて真実を知らない*2、あるいは都合のいいように解釈し不都合に目を背けてハッタリにハッタリを重ねることで実は心が暗い方向に蝕まれて行くよりも、真実を探求し物事を正視しようとする素朴な心でいることの方が幸せではないのかなぁ〜? と、この本を手に取ってつくづく感じるのです。
最後に、この書籍に撒かれている帯の一言でもって、締めにしたいと思います。

問題を直視することは辛いことだが、目をそむけずにじっと観ていれば必ず解決策はある。

*1:古今東西、誰もが走りがちなものです。ただ、最近の日本によく跋扈している様な気がします。確かに熟考をせずとも単純な構図で観れるので、そっちの方へ逃げてしまうんですね。人は意外に脆いもので、常に深く考えるのが鬱陶しくなる気持ちも分かりますが、、、。

*2:もしかして、「本当の真実」は知り得ないのかもしれません。オビ=ワンが『エピソードVI』で語っているように「真実は人それぞれの見方によって大きく変わるもの。(原文は“Luke, you're going to find that many of the truths we cling to depend greatly on our own point of view.”)」ですから、、、。