【小連載】本当に「日本のワイン」が認知されるためには、、、?(その2)

難しい話が続きますが、これはいつか歩まねばならぬ道。避けては通れません!そこのところはご理解の上、読んで貰えれば幸いです。
(前回の -その1- は、こちら。)
今日は、前回の予告通り『日本においてワイン法は本当に必要なのか?』というお題で、ワイン法のあり方に関して見て行きたいと思います。
以前の小生記事(2007年9月26日)では、『原産地呼称統制』がヒエラルキー的な存在であると触れていますが、これは、即ちかつてのヨーロッパでの階級社会の名残といえるでしょう。そして、フランス革命以降、民主主義の波によりそのステータスを法律に則って保証し、その裏付けとして品質や栽培・醸造方法の制限などが条文化されてきました。*1
しかし、第二次大戦以降の技術の進歩とグローバル化で生産を拡大しようとする動きに対し、A.O.C.マルゴーの生産地域の拡大を求める生産者の要請を拒否した INAO(フランスの『原産地呼称統制』の監督機関) の決定を取り消したという判決が出たシャトー・ダルサックの件*2や、サンテミリオンのシャトー・ヴァランドローがマルチシートを土壌の上に敷いた件*3などのようなINAOの異議に対し一悶着が起きたり、他方、俗に「自然派」と称する近代のテクノロジーに頼らない栽培・醸造方法を取ったワインの生産者が規定に束縛されたA.O.C.では無くその下位のカテゴリーである“ヴァン・ド・ターブル(V.d.t.)”でワインをリリースしたりする例が多くなって来て(特に、ロワールやアルザス、ローヌ地方などで多く見受けられます。)、A.O.C.の規定が有名無実化している事は事実です。11日のエントリーで関連記事として挙げた、シャンパーニュ地方のなし崩し的な生産地拡大は、懸念されますね。)
そして、貿易自由化の波がさらに事態を混沌とさせています。TRIPS協定と呼ばれるWTO設立協定の附属書が制定されており、著作権、商標、地理的表示、意匠、特許など知的財産権を包括的にカバーする協定です*4。しかし、この協定に関しては、より厚い保護を求めるEUなどと新たな義務を規定することに消極的な米国や日本との間で意見が対立している*5 だけで無く、EUの中でも議論が分かれているのが現状で*6、利害関係が大きく絡むために収拾がつき難い状況となっています。つまり、法学的な観点のみで、「ワインの表示」を語るのには無理があります。
では、どのように考えればよいか? それは、『消費者行政を勘違いしている人々(2008年2月23日付エントリー)』(池田信夫氏のBlog)や以前(2月24日)紹介した『こんな消費者庁は要らない!!!(2008年2月22日付エントリー)』(貞子ちゃんの連れ連れ日記)等の中にヒントが隠されていると思います。
即ち、表示はメーカーの自主的な裁量とし、法律での規制は『原産地呼称統制』では無く、『然るべき最低限度の表示義務』に留めることです。(ガイドラインを設けるのは、やぶさかでは無いと思いますよ。)
これでは、無法地帯になるのでは?と心配されるかもしれませんが、現在の日本の農業の有り様を考えると、一律に規制を掛けることに対して農家にとって本当に意味があるのか?(補助金行政で、余ったワインを捨てているのがEUでの現状です。*7)と言うことと、まだ勃興期の日本のワイン産業に逆に規制が掛り、かえって束縛の恐れがあるからです。ましてや、先日指摘したように、お酒の管轄に関して筋が通っていない状況で法律を制定するのは時期尚早です。(法律に拠る統制では到底完全には防げないのです。最近の食品絡みの事件では、法規制の網をかい潜っている「悪者」が引き起こしているのであり、そういうのは、取り締まりを丁寧にかつ迅速にする事で対処すべきことです。食品だけでなくこんな例もありますから。〔リンク先は、「ITmedia エンタープライズ」より。「有名無実」の最たる例です。苦笑〕)
むしろ、親切な表示を各メーカーさんが工夫することにより、より分かりやすくアピールしようと心掛けかつ製品のレベルアップに繋がり、しかも消費者が自分の意想で選べることで「買い物した時の満足感」を今以上に得られるかと思います。(あと、エチケット(ラベル)のデザインの自由度を高められます。レコードの「ジャケ買い」のように買わせようと言う気にさせることも大切です。)
従って、法制定するにしろ状況を整理してからでないと無意味で、海外のワイン法をそのまま持ってくる事には反対です。
さて、今日の結論は、

  1. 海外(特に、欧州)のワイン法は過去の階級社会に繋がるものがあります。
  2. 歴史的背景が異なる日本において、そのまま欧州のワイン法を適応することは無理がある。(米国や豪州など新世界のも然りです。ただ、欧州のよりも参考になるかもしれません。)
  3. 法律の観点だけでは無く、経済・農政の観点などからも議論が必要。
  4. もし、日本でワイン法を制定するのなら、将来を見据えた新しいものでなくてはならない。(逆に、新たなモデルケースとして国際的な見本になる可能性を持っている。)

と、いうことです。
次回は、まとめに入ろうかなぁ?と考えています。
<続く>


○関連記事
うーん、考えさせられます、、、。(2007年12月22日小生記事)

*1:主な文献として、マット・クレイマー著、阿部秀司訳『ブルゴーニュワインがわかる』(白水社:刊)や、麻井宇介著『ワインづくりの思想』(中央公論新社:刊)など。

*2:研究論文「フランスワインの原産地呼称制度と行政裁判所─シャトー・ダルサック事件を中心として」:蛯原健介、『明治学院大学法学研究』80号 (2006) より。(A.O.C.=フランスの「原産地呼称統制」)

*3:上述の『ワインづくりの思想』と、堀賢一著『ワインの個性』(ソフトバンク クリエイティブ:刊)を参照。

*4:外務省Webページ内の、「国際機関における最近の動き:WTO TRIPS」より。

*5:Webページ「国際経済法研究所」の「WTO概説:TRIPS」より。

*6:研究論文「ECにおける物の自由移動とワインの原産地呼称」:蛯原健介、『明治学院大学法科大学院ローレビュー』6号, 54ページ (2007) より。

*7:2007年10月25日放映、NHK総合「クローズアップ現代」より