くにびきの地にて自然体のワイン造りに励む〜奥出雲葡萄園訪問

木次乳業の関連会社として設立されたワイナリー、奥出雲葡萄園。地域の農業・食文化を育むために造られた「食の杜」が町外れの丘にて運営されており、その中心にあるこじんまりとしながらも清楚なカフェレストランが訪問客をもてなしてくれます。
木次近隣に産まれ育った安部紀夫氏がワイナリー長を務めておりますが、安部氏は入社後ワイナリーへ配属の後、本格ワイン造りへの研鑽を積むべく国税庁醸造試験場(現在の独立行政法人・酒類総合研究所)へ研修に赴き、その後より腕に磨きをかけるためにかの「勝沼御三家」の一つ、丸藤葡萄酒工業さんの大村春男氏(現社長)の下でブドウ・ワイン造りの実践を学びました。そして、故郷のそばにて数名の従業員と共にワイン造りに励み、地道ではありますが着実に優れたワインを粛々と世に送り出しています。
奥出雲葡萄園さんはメディアのみならず専門家の間でも評価が高いですが、安部氏ご本人は世間の評価に対し少々戸惑いを見せながら浮つくことも無く、かといって極度に悲観的にもならず“自然に”「自然体」な姿勢で、ブドウ・ワイン造りに勤しんでおられます。何かに追われる様なそぶりも見せず、さりとて現状維持に留まらない様なあっけらかんというか飄々としたマイペースぶりがとても感じられ、この美味しいワインに対し気負いを見せず粛々とした姿勢には素直に「ヤラレタ!」と思いました。(地域の環境・一極集中となる東京との距離がいい方向へ作用しているからと小生は考えています。)
その食の杜に拡がる畑は、ワイン用ブドウのみならず、生食用、野菜等が栽培されています。その畑は約3haで、奥出雲葡萄園さんが受け持つワイン用ブドウが占める一角は1ha程です。で、かの畑や近隣にて取れた野菜や木次乳業ご自慢のチーズ等の乳製品等を食材としてふんだんに使ったメニューを前述のカフェレストランにてワインと共に提供しておられます。今回は両親と共にそのレストランでランチを頂きましたが、これがまた木次の風土とマッチした雰囲気を上手に演出しており、しかもリーズナブルな価格にて美味しい料理とワインを提供して下さっています。(実際に、レストランのスタッフのサーブ等サービスについても非常にしっかりしているだけでなく、安部氏を代表とするワイナリーの従業員さんと同様、屈託の無い接し方には両親がいたく感激していました。)
では、各論に入りましょう。

  • 栽培

植栽されているのは、自社畑では白はシャルドネソーヴィニョン・ブラン、赤はカベルネ・ソーヴィニョンとメルロとブラック・ベガール(山ブドウとの交配品種)で、食の杜内での1haと併せて2.2haの面積となります。時折話題に上る希少ワインの小公子に関しては食の杜でのお隣の区画にて協働契約を結んでいる別の農家さんが生食用のブラック・オリンピアと共に栽培しています。(協働契約農家さんは木次周辺や鳥取にも点在。)
自社畑では垣根方式による栽培で、仕立てはマンズさんのレインカット方式を参考に樹間(株と株の間)を2.5m程の間隔で植えています。品種にも拠りますが、反当たり1.2t(収量制限かけなくともこの値に落ち着いている。)・糖度は20度台で酸度が6から6.5[g/L]と概ね良好な数値ですが、今後更に高品位のワイン造りに心傾け厳しい収量制限を施して高価かつ僅少になることよりも、少しでも多くの人に奥出雲のワインを頂いて貰いたいという考え(決して、薄利多売では無く身の丈をわきまえて精魂込めて造るということです。)からも、そのような思想の下でブドウのポテンシャルを上げて行く立場です。
その気負いを見せない姿勢は栽培方針にも表れていて、最近の「自然派ブーム」(もっとも、これは生産者が声高に叫んでいるのでは無く、周囲のメディアやジャーナリストの煽りの面が大きいのですが、、、。苦笑)とは異なる健全なブドウ造りのための減農薬栽培という考えで、資源の浪費や環境汚染にこまやかに配慮しつつ、必要な所にピンポイントで手を入れる方針で進めておられます。

母体の乳業会社さんは全国に知られたかの木次乳業さんですが、会社の経営規模に見合った設備投資で最大限の出来となるべく、乳製品貯蔵用のタンクを醸造用タンクに流用して改造を施したり、あるいは狭い空間ではありながらコの字型の工場に、除梗・破砕から発酵・貯蔵、瓶詰・包装と工程の順番に配置され上手に空間を活用するなど工夫を凝らしてます。
また、地下の貯蔵庫には樽ならびに瓶熟中のワインが整然と並べて保管されており、隅から隅まで奇麗にされていて普段の設備管理に気を遣っておられることが伺え、丁寧なワイン造りへの姿勢が製品にきちんと反映されていることがよく分かります。
醸造に関しては、その年のブドウの出来を忠実に生かしたワイン造りを心掛けていて、例えば看板商品のシャルドネについては、相対的に気候に優れなかった2006年収穫ではまろやかなブドウの味わいを素直に表現するよう樽の薫りや風味の付き具合を抑え目にしてマロラクティック発酵(MLF)も施さない仕込みで、良質のブドウが多く収穫出来た2007年では果実味を生かしながらもより複雑さと奥行きを持たせるべく樽も強めでMLFをかけるというように柔軟な対応をされてますが、基本はブドウに忠実な造りを心掛けています。
さて、試飲では看板商品のメルロ(2005)とシャルドネ(2006)を有料で、他は無料にてスタッフが提供して下さります。また、前述のカフェレストランでもグラス1杯で全てのワインを頂くことが出来ますので、自分の好みに合っているワインを探すのも気兼ねなく出来ます。とても良心的だと思います。それでは、頂いたワインについて率直な感想を。
○奥出雲ワイン・ロゼ(レストランにて試飲)
メルロとカベルネ・ソーヴィニョンを用いやや甘口(というより、中口)に仕立てたしっかりした味わいのロゼで、実際は食中酒としても充分通用します。
スパイシーで深みのあるメルロの味わいと、ヴィヴィッドでチャーミングな木イチゴ風の薫りと酸の組み合わせが絶妙で、とても素敵なお薦めのロゼワインです。(フランス・ロワールのロゼ・タンジュのような親しみやすい飲み口ながらも、より腰のある趣き。)両親がとても気に入りました。
○奥出雲シャルドネ(2006・レストランにて試飲)
琥珀色に近く、グラスの壁面にはしっとりと滴が垂れ、程良く熟成されている事が伺えます。少し控えめな洋梨香、柔らかながらもしっかりと感じる酸味、円やかなアタックの中に素朴な味わいでその奥には樽の香味がさりげなく出ています。
複雑味を持ちながらも、素直に果実の味わいも表現したとても味わい深いワインだと思います。こちらもお薦めです。(小生は一押し)
○奥出雲ワイン・白(売店にて無料試飲)
ホワイト・ベガールという山ブドウ交配品種を主体に甲州を若干アッサンブラージュしています。甘い蜂蜜のような薫りに熟れた梨のような味わいがします。
○奥出雲ワイン・赤(売店にて無料試飲)
同じ山ブドウ交配品種のブラック・ベガールを主体に用いたワインで、キノコの趣きにプルーンのような風味と独特の渋味が表現されています。
ソーヴィニョン・ブラン(2007・売店にて無料試飲)
丁度新緑の時期に合わせたかのように最近発売されたワインで、ワイナリーのみで市販されています。
若草のニュアンス(この時期に感じる草いきれの香り)がしますが、やや酸味に欠けるのと少し酸化気味かなと感じました。安部氏ご本人はまだ品種特性が反映されていないと素直に認めてらっしゃり、まだ完成途上だと思います。
結構クリアな風味を出すのが難しい以外とデリケートな品種ですので、まだまだですがこれからの躍進に期待です。
○奥出雲メルロ(2005・売店にて有料試飲)
艶やかなガーネットの色彩で、外観以上に旨味とコクが感じられます。ダークチェリーにプラムの風味で、前述の旨味とコクがこの赤ワインに控えめながらも毅然とした骨格を持たせています。
シャルドネの陰に隠れてますが、何気に優れたワインです。安部氏は赤はまだまだと仰っていましたが、そんな事は無いと思います。控えめな主張とは云え、しっかりした肉料理に合わせないと生きないので頂くシチュエーションは限られますが、是非とも機会があれば味わって欲しいです。


都会の喧騒とは無縁の木次の地では、これからも情報や開発の荒波とはかけ離れた所であるかと思います。それでも、こうやって地味では有りますが食に対し真摯に取り組み、加えて地元の旨味たっぷりの食材と併せて素晴らしいシチュエーションにてワインを提供して下さる奥出雲さんの真髄を堪能するにはかの地へ足を運んでこそ味わえると思います。
日本ワインを愛する人には、一度でも出雲へと足をのばしてみて下さい。きっと心洗われること請け合いです。
(今回の訪問では、ワイナリー長の安部紀夫様はじめ、従業員の皆様には大変お世話になりました。この場を借りて改めて厚く御礼申し上げます。有り難うございました。)
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奥出雲葡萄園〜自然と共に生きるワイン造り〜
(『先駆者』のサイト、「自転車で行く 訪問・日本のワイナリー」より)