「伝統を情緒でなく、かたちで証す真の系譜」加賀の銘酒・『菊姫』

そのアンテナショップが「酒亭菊姫」です。東京出張で仕事が終了後、実際に体感すべくその暖簾をくぐりました。(「自ら足を運ぶ」が小生のモットーですから。)
「華やかで瑞々しい薫り」という通り一辺倒の解釈がまかり通る吟醸酒に元来清酒が有している「老ね香(ひねか)*1」も大切な要素として取り込んだ『黒吟』や『菊理媛』、また本来コクのある米の味を臆面も無くストレートに表現している『山廃純米』等、薫りにおもねること無くしっかりした飲み口で、一切奇をてらわず造り手の矜持全てを注ぎ込み丹精込めて造り出した清酒を世に出す孤高の存在が菊姫さんです。
一見飲み手に試練を強いるかの様なその姿勢は、実は飲み手に真の清酒の姿を余す所無く知って貰いたいという『愛』が溢れているからこそです。その心意気は菊姫さんのWebサイト「造り」の項にて懇切丁寧に記されており、隅から隅まで目を通して読むとひれ伏す他ありません。(万人必読です。)
小生が2008年4月21日の記事2008年4月28日の記事等で、「思いやキャッチフレーズだけに心酔するのは危険である」とかねがね指摘していますが、それは「造り〜真の日本酒メーカーを目指し・・・」の所にて

宣伝文句に「秘伝の」とか「伝統の」とか、日本酒は神秘性を持たせたほうが商売がしやすいという傾向があります。消費者のほうが潜在的に神秘性を求めているからです。
しかし、極端に言えば、日本酒も物理・科学の世界です。宇宙遊泳を終えて帰還できるのも、コンピュータが計算してくれるからであって、決して勘ではありません。

と記されてしまうように、技術・匠の業の重要性のみならず真っ当に原料たるお米はもちろん、酒造りに邁進する姿勢がともすると見過ごされてしまうからです。特に、ワインジャーナリズムにおいて、例えば「自然派」と喧伝するような『イメージ戦略*2』に絡め取られた人達、あるいは日本の農業の現状を知らずして「国産ワイン万歳」と無邪気に浮かれる人達、「きいろ香」や「デュブ甲州」が日本ワインであると一面的に見る人達(これは、張本人であるマスコミは勿論のこと、造り手さん・売り手さん・飲食店さん・飲み手さん全てに対してです。)には特にこのページを読んで肝に銘じるべしと切に願います。
日本のワインが清酒に学ぶべき所が多いと小生はこれまでにも書いてきましたが、長年積み重ねてきたものに加え、時代の荒波に翻弄された轍を逆に自らの糧としアイデンティティを確立するエネルギーとして建設的に転換していく姿には手本となることが数多く示されている。その考えは決して間違いでは無いと、小生は思います。
○関連記事
キャッチフレーズからは本質は見えない(小生2008年4月28日記事)
やはり「本当の」苦汁を舐めた分認識が違う(小生2008年3月5日記事)
純米燗の会、行って参りました!
(小生2007年8月19日記事・この記事の小生のコメントも併せて読んで下さい。)
本当の「関心」は浮ついたものではありません!
(小生2008年2月3日記事・科学技術は人間の日々の営みを支える大切なものなのです。)


<おまけ>
折角ですので、唎き酒の感想を。
先一杯
純米酒の旨味を華やかな彩りの仕立てで表現した、名の通り名刺がわりの一杯。最初に頂くならこれをお薦めします。単に飲みやすいだけで無く「しっくり」来ます。
B.Y.大吟醸黒吟
仕込みの年のフレッシュな吟醸酒と約三年以上の時を経て眠りから覚めた吟醸酒の飲み比べです。(有り難い事に、「酒亭菊姫」では希少なお酒も飲み比べで少量頂けます。)
菊姫さんの吟醸は、鼻につくようなとって付けた薫りではなく、あくまでそっと華を添える存在で、近頃よくある薫りが主役に転化している本末転倒な吟醸酒とは訳が違います。そして、熟成により引き出される風格が見事に調和して豊醇(「芳醇」という表現では軽々しく失礼だ! しかも、ただ寝かして置いたのにあらず。)な深みある清酒へと足し算以上の進化となり醸し出されてます。
山廃純米
真に美味しいお米をひたすらじっくり噛んで味わった時の旨味と後味を素直にこねくり回さず造り上げた、言わば「本来の清酒」を現代に即しかつ余す所無く表現した菊姫さんの真骨頂たる清酒です。燗で頂くとその真価がしっかりと堪能出来ます。そして「燗冷まし(かんざまし)」だと並の清酒では腰砕けになるのが、ここから本領発揮と恐るべき底力を見せます。正に「本来の清酒」の見本です。


(追記)
この記事は、四の五の言わんと素直に読んどくべき内容でしょう。
京都・名酒館 主人 瀧本洋一の「旨酒」 Vol.3 (2008年1月25日)
「新たな年のはじまりに寄せて」
(『あまから手帖』主宰の門上武司氏が運営する、「門上武司食研究所」より。)

*1:酸化熟成に伴って生じる薫りの日本酒独特の表現。ネガティブな存在と捉えられることが多いのですが、本来は熟成に伴って生じる自然なものです。ワインでは、シェリー香が「老ね香」の部類に属します。ちなみに、吟醸至上主義の人の中には「吟醸酒に老ね香なんてもっての外。熟成なんてまかりならん」と嗜好品なのに全否定までする人もいますが、、、。(涙)

*2:『イメージ戦略』の恐ろしい所は、例えば2008年5月13日小生記事のように間違った事実を何の臆面も無く疑問を持たずに信じてしまうことが実際にあるからです。そして、食品偽装事件の時のように真実と違うことが起こって「裏切られた」と過剰反応して憤慨しますが、憤慨したところで「事実に向き合わず、正しい知識を知ろうとしなかったでしょ?」と言われてしまうのがオチで、本音では表層的にしか見なかった人々に対し苦渋を抱く生産者がいることも事実です。もちろん、心底悪に染まった生産者は糾弾して然るべきです。