『一村一品』の発祥の地から産み出された「杜の中のワイナリー」〜安心院葡萄酒工房訪問

中津市から由布院目指して南の方向へ約30km内陸に入ると、山あいのひなびた田園風景が拡がる宇佐市(有名な宇佐八幡宮が建立されてます。)の安心院(「あじむ」と読みます。)町へ入ります。この町の一角の丘の上に建っている家族旅行村の中に静かに佇む瀟洒なワイナリーが安心院葡萄酒工房さん(以下、「安心院さん」と記します。)です。
「下町のナポレオン」というキャッチコピーで焼酎の知名度を上げたご存知『いいちこ』ですが、実はこの安心院さん、全国的に有名な焼酎の製造元・三和酒類さんのワイン部門なのです。現在では『いいちこ』の知名度の高さゆえに焼酎メーカーと思われがちですが、実際は総合酒類メーカーとして1974年からワインも手掛けています。(因みに、単式蒸留焼酎(酒税法で規定されている名称・いわゆる「本格焼酎」)課税移出数量は日本一。酒類メーカーとしても大手ビールメーカー4社に次ぐ5位。いずれも2006年時点のデーター。)
当初は原料として地元大分産のブドウを多くは用いておらず単なる社内の「ワイン部門」的位置付けでしたが、ブドウ産地であった安心院町よりワイナリー誘致の声がかかり、県有数の酒類メーカーとして本腰入れて地元と共に本格ワイナリーへの道へと一歩踏み出しました。そして、2001年より現在の場所に移設して今に至ってます。現在はワイナリーを統括する工房長・中尾浩二氏はじめ優秀なスタッフがワイナリーを支え、新興のワイン産地・九州にて都農ワインさん(2006年4月4日訪問)や熊本ワインさん(この後12日訪問)と並ぶ顔的存在として名が浸透しつつあり、焼酎・清酒と共に三つの柱として存在しています。
「杜の中のワイナリー」と銘打ってますが、実際家族旅行村内の木々に囲まれた中で周辺の景観に配慮して建物が立っており、周辺の風景との調和が保たれゆったりとした趣です。周辺には自社畑も開墾され、名産のスッポンと共に町の中核産業と成っています。今回の訪問では、スケジュールの都合上三連休に実施される収穫祭の直前となってしまいましたが、ワイナリースタッフの岩下理法チームリーダーの案内により畑と設備を見学することが出来ました。それでは、詳細な説明に入ります。(詳細は、以下をクリック!)

  • 栽培

九州といえば高温と多雨な気候ですが、気象庁のデーター(気象統計情報・過去の気象データ検索のページ参照。)から分かるように宮崎・都農に比べて幾分少ない年間降雨量とは云え、ここ安心院の町も本州の有名産地と比べると相対的に高温多雨になります。そのため、写真(カベルネ・ソーヴィニョンの樹です。)で分かるように自社畑ではマンズワインさんのレインカットによる覆いが畝の上に建っています。また、高温の条件下で適熟な状態に持って行くこと、特にカベルネ・ソーヴィニョンの色づきと酸度をどう向上させて行くかが目下の課題であるそうです。そして、最大の難物が台風。毎年いやがおうにも遭遇するのが九州のワイナリーの宿命ですが、今年は幸いにもまともな台風が来襲せず例年に比べダメージが少ないとのことです。
畑の面積は、家族旅行村内の自社畑が40a、委託栽培農家さんの分が150a、そしてワインの銘柄にも記されているイモリ谷(ワイナリーより南の山手に位置する松本地区)にて240aが存在していて、合計430a(=4.3ha)となっています。自社畑では主にカベルネ・ソーヴィニョンとメルロ・シャルドネが、イモリ谷ではシャルドネとメルロ、そして他ではマスカット・ベーリーAやデラウェア等が植栽されています。
今回は時間の都合上ワイナリーそばの自社畑のみでしたが、自社畑では垣根と一文字短梢による仕立てが取り入れられており、その一文字仕立ても新梢の方向を地面と平行に真横(断面を見るとT字状の)とした基本形のものと、少し斜め上向きにした安心院さんオリジナル(断面を見るとY字状の)のと二種類とあって、計三種の仕立てに大別して植えられています。岩下氏の話によると、現状では三種を比べると日照条件や湿気がブドウの房周囲にこもりにくい点でY字状の短梢仕立てが成績が良好な傾向を示しているそうです。

ワイナリーの設備は規模の大きい総合酒類メーカーが母体であること・また比較的最近建設されたこともあり、大型のバルーン式搾汁機に、冷却ジャケット付きのステンレスタンク、瓶詰めラインと申し分無いものです。また、マスカット・ベリーAではマセラシオン・カルボニック*1による醸しを取り入れてますが、醸し期間中に房と果汁の接触を図るためとタンクごと回転させるロータリー式のタンク(写真参照)も導入しています。
そして、焼酎メーカーらしく連続式(4段)の蒸留器も備え、ホワイトブランデー(マスカット・ベリーAを原料)も製造していて、このブランデーを添加した極甘口のフォーティーファイド(酒精強化)ワインも製造されてます。そして貯蔵庫には、沢山の樽と出荷前のワインが貯蔵されてますが、ここには瓶内二次発酵による製法で造られている二次発酵期間中のシャルドネのスパークリングワインも置かれています。
以上のように、スティルワインからスパークリングにフォーティーファイド・ブランデーとブドウを原料にしたお酒が一通り揃っていますが、まさに総合酒類メーカーとしての面目躍如といえるでしょう。


一通りの見学後は、試飲です。今回の試飲では様々な種類のワインを一通り味わうことが出来ました。これらをシリーズ毎に振り返って小生なりの感想も交えて解説して行きます。
<『安心院葡萄酒工房』・シリーズ>
自社畑産のブドウを中心とし、地元産のブドウを用いたラインアップです。
シャルドネリザーブ(2006)
品質の高いブドウを選りすぐり、冷凍濃縮した果汁を添加することによって補糖・補酸せず造られたシャルドネワインのフラッグシップです。良質なブドウが原料であることから新樽100%でも樽に負けない風味となっており、パイナップルの様なトロピカルフルーツや晩柑系の厚みのある柑橘系といった豊かな趣きの厚めの感じが出ています。
冷凍濃縮していることもあり、日本のシャルドネとしては比較的コクがありリッチな味わいです。シャルドネのワインに関しては日本ではさらりとしたミネラリーなのを好みとする傾向があるので、ちょっと個性的で異質な存在と思う方が多いかなと想像されますが(実際に後述する『シャルドネ・イモリ谷』がそういった雰囲気で、今年の国産ワインコンクールではこちらの方が評価され、金賞を受賞しています。)、小生は万人向けものより個性派好みなので(笑)、これはこれでいいのではと率直に思います。ワイナリーさんもこちらの方が自信作とおっしゃていました。
○メルロ(2005)とメルロ・リザーブ(2005)
メルロに関しては、ノーマル品と上級のリザーブ品を頂くことが出来ました。滑らかな口当たりの程良い渋さがメルロが持つタンニンの特徴ですが、比較的重めで荒さも感じるノーマル品に比べ、品位のある重厚さとなってリザーブ品では表れています。スパイシーなニュアンスも感じます。(若干シラーもアッサンブラージュされている。)
本州の長野・塩尻のメルロがソリッドな感じとすれば、こちらは溌剌さを感じます。産地の気候や土壌など様々な要素が絡んでいるので一概には云えませんが、南のメルロらしいなぁと思いました。
カベルネ・ソーヴィニョン(2005)
選果したブドウを丹念に醸して造り出されたワインで、酸味・タンニンのバランスが取れています。メルロよりも複雑な香味が特徴のカベルネですがこのワインでもしっかりと感じられます。課題の多い品種と仰っていましたが、それでもよくここまで仕上げたことには感心します。
○樽熟成マスカット・ベリーA(2005)
面白いのがこちらマスカット・ベーリーAのワイン。最近、日本の赤ワイン用ブドウ品種として見直されているマスカット・ベーリーAですが、小生の故郷の大阪ものといい、宮崎の都農さんといい何故か日本の西や南の温暖な気候でのベーリーAはキャンディー香があまりせず、ワイン用ブドウとしての性格が前面に出て来ます。しかも、マスカット・ベーリーAらしからぬ程良い渋さや厚みも感じるのが西日本のベーリーAの特徴。この樽貯蔵では、セニエもしてますのでより濃い風味になってますが、樽貯蔵のお陰で丁度角が取れ、こなれた味になっています。
<『イモリ谷』・シリーズ>
○イモリ谷・シャルドネ(2006)
○イモリ谷・メルロ(2006)
名前の由来は、畑のある地区の地形がイモリのような形状をしていることから名付けられたそうです。前述したようにワイナリーより奥まった山手の畑ですが、その分冷涼であることからシャルドネではミネラリーで爽やかな趣きが、メルロでは軽やかな渋味としなやかさが主体になっています。特に、シャルドネは町の名産のスッポンと良く合うかも?
因みに、このイモリ谷(なんと、地区独自のWebページも公開している。)の畑で栽培に携わっている農家の中には土木業者出身の方もおられるとのこと。最近は「構造改革特区」の制度の下で農業法人以外の法人が農地を取得出来るよう規制緩和され、公共事業依存脱皮を目指し地方の土木業者が農業に参入する話を良く聴きますが、こちらイモリ谷では、『一村一品運動』の精神や安心院町の後押しもあり集落が一丸となった独自の集落営農の取り組みが進められその一環として早くからワイン用ブドウ栽培に目をつけたということもちょっと付け加えておきます。(「農業協同組合新聞」のWebページでもイモリ谷の取り組みが紹介されています。)
<その他>
安心院ワイン・スパークリング(N.V.)
瓶内二次発酵製法による本格的なスパークリングワインで昨年の12月から発売された新製品です。この商品の開発のために試作を重ね、また国内で瓶内二次発酵によるスパークリングワインを手掛けるワイナリーにも通い指導を仰いで出来上がった力作です。まだ泡のきめ細やかさ等は他の国内の先達スパークリングワインには及びませんが、希望小売価格2,800円という価格を考えればお買い得です。
○ザビエル(フォーティーファイド・ワイン)
マスカット・ベーリーAから造られた極甘口ワインです。心地よい甘味と余韻が味わえ、食後アイスクリームと一緒に頂きたい上質のデザートワインとして最適。名称から想像されますが、実は極甘口でもう一つ『フランシスコ』という銘柄の氷結仕込み(クリオ・エクストラシオン)のワインがあり、こちらはデラウェアとマスカット・ベーリーAの二種類があります。ザビエルはフォーティーファイドなのでアルコール度数が高くなりますが、フランシスコならアルコールが強いのが苦手という方にも頂くことができます。小生個人的には『ザビエル』が好きです。

  • 総論

ブドウ農家の生き残りを模索し町おこしを願う安心院の人々と、県有数の酒類メーカーさんとのタッグにより産まれた安心院葡萄酒工房さん。今でこそ精力的に様々な製品を出していますが、2001年の現工房発足当初はスティルワイン中心に僅かな種類であったことを考えると、短期間にここまでノウハウを蓄積し実力を発揮し出したことは驚く他ありません。
他産地に比べ発展途上であることから、新興ワイン産地としての九州を代表するワイナリーの一つとして知られている今でも試行錯誤は続いています。ただ、ブドウ造りの地盤が整えられることが前提条件である以上、地域の協力がなければここまでの地位は決して築けなかったと考えられます。
家族旅行村内にはレストランも併設されてますが、「杜の中のワイナリー」ですからバンガローやテントでの泊まり込みで、青空の下開放的な雰囲気で美味しい料理を造ってゆったり時間をかけてワインを味わうのが相応しいシチュエーションです。ここは一つ時間をかけて滞在するのが一番の選択でしょう。
今回の訪問企画は、お忙しい中工房長の中尾浩二氏とワイナリースタッフの岩下理法氏のご協力により実現しました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
○関連記事
安心院葡萄酒工房〜一村一品の地で新生、三和酒類ワイン部門〜
(『先駆者』のサイト、「自転車で行く 訪問・日本のワイナリー」より)

*1:赤ワインの醸造方法で、醸しのテクニックの一つ。除梗・破砕せず房のまま丸ごとタンク中に入れるとタンク下側のブドウが重みで潰れ果汁が出て来て果皮に付いた野生酵母により自然発酵が始まり、二酸化炭素エタノールが生成します。タンク内部では二酸化炭素が充満し酸欠状態になりますが、こうした嫌気性条件下では潰れていない果粒の中でもブドウ自体が有する酵素により微量のエタノールが生成し、穏やかに果皮のタンニンと色素が抽出され独特の香気成分も発生してきます。こうした醸しの期間(5から10日間)を経て圧搾して果汁を絞り、酵母を加えてアルコール発酵するというプロセスによりワインを造ります。こうして造られた赤ワインは渋味や酸味が強くなく、柔らかめの飲みやすいタイプに仕上がります。ボージョレ・ヌーボーがこの製法で作られていることで有名。