「甲州」種の問題はある意味日本の諸問題の縮図(その1)

今年は特別に2回開催された『甲州種ワインを愉しむ会』。前回のVol.12009年1月24日開催)では日常の食卓に甲州ワインを合わせて頂くための実践セミナーで楽しくためになる会でしたが、今回のVol.2は同じためになる話でも、産地の未来を占う重要な問題である、「ワイン用甲州種ブドウの確保」についてです。
これまで省みられることのなかった日本のワインが近年注目されるようになり、日の当る存在となって海外産が主流だったワイン愛好者も認知をし産業としても期待が集まっていますが、実態は、

  • 農家=産業構造の変化に伴い後継者・ノウハウ不足。
  • ワイナリー=海外に比しての価格競争面・資金面での不利。

といった厳しい状況が現実問題としてのし掛かっています。特に甲州種は日本に古来から存在するワイン専用品種でありながら生食用として扱われワイン用はその余り物から調達してきたという過去の経緯が災いして、このままでは今後衰退して消え往くという悲観的な観測も囁かれています。そこで、討論の場を設け、甲州種ブドウの存在価値を再認識しどのように今後産地として再構築して行くための可能性を探ろうと云うのが趣旨で行われました。
追記(2008.3.2):第二部と今回の催しを聴講してのまとめも掲載しました。別スレッドで(その2)を立てましたのでそちらをご覧下さい。
第一部の基調講演では、(株)醸造産業新聞社(酒販ニュース)の記者が講師として『酒類市場における甲州種ワイン』と云うテーマの元

  1. どのような人がワイン産地を興してきたか
    新興ワイン産地を例にその形成の過程を考証
  2. ワイン産地のあり方について
    産地にヒエラルキーが存在する事実について考証
  3. ワインのテロワールについて
    甲州の植栽されている土壌がもたらす差を考証
  4. 今後甲州種で試して行かなければならないこと

の4点について取り上げ、世界の産地に倣って山梨でも同様の取り組みを進めて行くための提言をプレゼンテーションされました。
そして、第二部のパネルディスカッションでは、ワイナリー・醸造家側から1名(コーディネーター)を始めとして、JA(農協)・農家と生産者側から2名・醸造業界専門誌記者1名・消費者側から1名の4名のパネラーと計5名により「『10年後の甲州種ブドウの姿とは』〜産地の行く末〜」と云うテーマでパネルディスカッションが行われました。
ここで小生自身による記録を書き上げ講演の内容を全て振り返ってもよいのですが、そうすると非常に膨大な文章となってしまうので気になったポイントのみを抽出して小生の私見と提言も交えて振り返ります。中身の濃い内容が重いテーマなので専門性が要求される所はありますが、そこは御承知して頂いた上で出来るだけ理解しやすいように記したいと思います。


<第一部>

世界の新興ワイン産地は、いわゆる旧世界(欧州)の伝統的な産地をモデルに構築され、産業として成立して行った。

→これは、事実です。引き合いにだされたのがカリフォルニアやニュージーランド(NZ)ですが、これらの新興産地ではボルドーブルゴーニュに代表されるいわゆる『銘醸地』に類似した気候条件の土地を選んでいったところもあります。ただ、それだけではなくキーマンとなる人物の執念とも云える信念が産地勃興を支え、スペインのプリオラート*1はかつては疲弊した存在だったのが「4人組」と呼ばれる面子を中心とした改革で原産地呼称の認定(格付けが上がった)を受けた例も引き合いに出しておられました。そして、日本にも近い例として桔梗ヶ原(長野・塩尻)のメルロが存在します。*2

ワイン産地はピラミッドの階層構造を成し、世界全体にも存在し、産地内にもヒエラルキーが存在する。産地(場所)の差で階層に位置付けられてしまう。

→確かに旧世界のワイン産地はそのような傾向で、歴史的経緯から階級社会に基づく構造が根幹に成っています。しかし、カリフォルニア等のアメリカやオーストラリア・NZ等の新世界の産地は適地適作の原則に従って場所によって優劣がありそれがワインの価値として価格に反映されてはいますが、国家成立の過程を踏まえるとピラミッド型の階層構造とは云いがたいと考えています。アメリカの格付けであるAVAではむしろ文鎮型のスタイルで出所を明確にする「産地名表示」としての位置付けが強い傾向で、多層化して分かりにくい階層構造の先例から幾分合理性を求めているのではと小生は考察しています。
○関連記事
【小連載】本当に「日本のワイン」が認知されるためには、、、?(その2)
(小生2008年3月13日記事)
(書評)『ジンファンデル―アメリカンワインのルーツを求めて』を読んで
(小生2006年7月7日記事)

土地のミネラルをブドウで翻訳して感じ取ることの出来る産地にワイン産業としての隆興は無いのが現実。

→その点に関しては、堀賢一氏の著書『ワインの個性』(2007年9月3日小生記事参照)でも触れられていますが、未解明な部分が多く裏付けが取れていないという報告もあり、実際にどういったデーターでのフォローがあるか裏を取れてないところで云い切るのは難しいのではないかと考えられます。後でも触れますが、系統選抜といったクローンの差や、年毎の気候条件の推移、そして人的要因(栽培者の技術的な素養)の問題からも一概には云えないでしょう。*3

粘土質が多い所ではミネラル感が少なく、香り(アロマ)も弱い。
チリでも、初期は作業性の楽な平地に植栽していたが、次第に傾斜地に移行して行った。(洪積層・沖積層花崗岩質の土地へ)
このように水はけの良い地が選択されるのには意味があるのか? 水分ストレスが全てなのか?

→講演者は「根は石に根酸で攻撃を仕掛け溶かし、そこに根を伸ばす。そこへ土が入り込み、微生物により土壌が活性化され、ミネラル分も溶解して土壌に取り込む。」との仮説を展開されていましたが、香り(アロマ)やミネラル感の問題は水分ストレスだけでは説明出来ないと思います。実際、香りの成分は香りの元となる成分が配糖体と呼ばれる糖分との結合やアミノ酸との結合(これは、甲州種ブドウの柑橘系の香りの元の3-メルカプトヘキサノール(3-MH)に関する富永先生の著書を参照して下さい。3-MHや富永先生の著書については小生2008年3月9日記事にて掲載。)によりマスクされている(隠されている)のが、酵母の働きにより香りの成分として遊離してきます。その香りの成分の元の状態がどのように形成されて行くかは水分過多で香りの成分の元となる物質の蓄積が少なくなるかどうかをを完全雨よけのサイドレスハウス・暗渠+マルチシート張りの粘土質土壌で検証して結果が出ればOKということになってしまいますが、、、。*4

山梨の場合。香り(アロマ)の豊かなワインは主に何処か?川沿いや河岸段丘上の岩礫・砂礫の多い土地に集中している。
実際にリリースされているワインを例に挙げると
1)『アルガブランカ・ヴィニャル イセハラ』(小生2006年7月2日記事参照)
2)『ゴールド甲州』(小生2009年1月24日記事参照)
⇒いずれも、笛吹市一宮・金川沿いの扇状地上
3)『最際甲州』(昔の『百農民・甲州』。独特の白桃の香り。)
⇒甲州市勝沼・菱山地区の中でも砂礫が多い土壌
4)『きいろ香T718(2007)』(注ぎたては立ち難いが、1〜2時間経つとかなりアロマが沸き立つ。)
⇒山梨市・笛吹川北岸河岸段丘

→これらのワインは口にしたことがありますが、地理条件は似ていても台木の種類・補木(台木に次いだ木)の系統(クローン)や気象条件の差違を勘案していないことを頭に置いておく必要があると思います。また、栽培者の技量により農薬の散布から施肥等の土壌管理、整枝・剪定(X字棚栽培だけではなく、管理の容易な一文字短梢栽培や樹体がコンパクトで植栽の配置で自由度の高い垣根式栽培も含め。)といった条件も一定にした上での系統的な実験が行われ、バックデーターが公開されることが必要でしょう。
(その2)に続く。

*1:地中海沿岸の北西部地方に属する。近い都市はバルセロナ

*2:2007年10月28日小生記事「五一わいん」こと林農園さんの紹介記事、ならびに2007年12月22日記事で紹介している『長野県のワイン』(山本博:著、ワイン王国:刊)を参照。

*3:また、「ミネラル感」というのは感性の問題で、嗜好品としてのワインという見方ではミネラル感をどう扱うかといった個人個人の好みの問題に落とし込めるのかと指摘も予想される。

*4:植物生理学的に考えると、水ポテンシャルを平衡に保とうと葉からの水分の蒸散(あるいは根の吸収)を樹が調節する。成長に必要な養分の吸収は土壌の状態で(養分の量や構成・pH等)異なるので、そちらの方の効果も加味して多面的に見ないと結論は下せないと考えられる。参考図書:『テイツ/ザイガー植物生理学』(2008年4月7日記事参照)、講談社ブルーバックス・『これでナットク!植物の謎