「甲州」種の問題はある意味日本の諸問題の縮図(その2)

(その1)より続く。
引き続き、パネルディスカッションで討論された内容について要旨を箇条書きにした形で取り上げて行き、最後にまとめとして小生の意見も交えながら締めくくりたいと思います。また長文となってしまいますが、出来るだけ内容を忠実に反映して述べさせて貰いたいことから、おつき合いの程よろしくお願いします。

<第二部>
(ディスカッションに先立っての甲州種を取り巻く概況のおさらい)

  • 戦前は主に食用に供されてきた。戦後になってワイン原料へ。
  • 昭和40年〜平成6年:需給安定協議会が農家サイドとワイナリーサイド間の交渉の窓口となっていた。
    何故、取りやめになった?→供給過剰で、暴落。価格交渉で生産者とワイナリー間で平行線を辿るようになった。→以後、個別交渉に。(ワイナリーと農協、あるいは農家との直取引。)
  • しかし、最盛期は17,000から16,000トンだったのが6,000トンに減少している。逆に足りない事態に。
    (○関連記事:「asahi.com・マイタウン山梨」の2009年2月4日付記事
  • 造り手では若手の醸造家が育っているが、栽培家が育っていない。

(農家サイドからの捉え方)

  • 甲州の棚栽培での形式=X型の整枝法→負け枝の出やすい甲州に適していた。*11年の内、消費者のニーズに沿って長期間にわたってブドウを生産することが産地としては重要。*2
  • 最際甲州の農家さんの実例=どうせやるなら違うやり方を取ろうと草生・無農薬にトライアルした所、糖度の良い甲州を収穫できた。栽培では紆余曲折もあったが、ある人の仲介から醸造家との結びつきができ、他の甲州に無い独特の風味を見いだす。ワインを造って良いものを得た実感を得た。
    甲州を栽培することで色々な人々とのネットワークが出来たことが財産。
  • 実感として、甲州を造っている若手は少ない(いや、無い)のが現実。

(産地としての問題点)

  • 昔は安い原料としての扱いに過ぎず、ワイナリーもネガティブな捉え方。その後、日本のワインが盛りがってきたことで資産と化してきたが、見直そうという動きがあっても実際は温度差を感じる。原料として減っているがワイナリーは本当に困っているという危機感が少ない。農家は盛りあがってない。山梨では何も変わろうとしていない。それはそれで良いかもしれないが、本当にそれで良いのかと考えている。
    →スペインのプリオラートでは20年かかって復興させた。
  • 高齢化・少子化に問題を転化しているが、事実は新規就農が少ないと云う1点に絞られる。そこに目を向けないといけない。
  • ワインを通じて山梨に目を向けてくれた人が、甲州が少なくなっているのはとても残念である。ブドウあってのワインで、ワインだけでなくブドウの存在価値もよく見て伝えなければならない。

(原料としての問題点)

  • 生食用の技術だから一方的に駄目だではなく、ワイナリーがどういう基準かを明確にしなかったのは問題であることを率直に認めている。(糖度だけでは無く様々な要素にて。)
  • 農家としては一円でも多く現金化したい(直売でジュース化する方が収入になる)。改植が生食用の高収入が見込める品種に移ってきた。甲州が無くなるという意見があるが農家には思い入れがあり、簡単に無くならないと思う。ただ、今あるのを切ると新規に植える人はいない。今あるのを残すのが精一杯で先決。*3
  • ワイナリーの方は農家任せ。価格競争面で差がありすぎる点を考慮しないといけない。実際高値で買い取るというのであればどうか?
    →昔は品種が少なかったが、今では収益が上がるが高度な栽培技術の他の品種のに資源を集中してしまう。また、甲州は晩熟でリスクが高い。*4
    (参考:現状の甲州の買い取り価格の相場=170〜200円/kg*5
  • ワイナリーにも問題がある。甲州種を自社栽培するかと問い掛けても誰も手を上げない。農協にも問題がある。反収を上げても良いブドウを確保出来る指導をしていない。

(方策として考えられること)

  • 対立の構造が解消していないままであるのは承知しているが、他県はどうか?
    →長野・塩尻ではワイン専業の生産者組合が介在している。一年に一回しかとれない高リスクなのでは個人ではなかなか引き受けない・価格は外せないという理由から。ワイナリーの指定する糖度毎に値段が上がる様になり、オプションとして対外的な要因で資材変動があった場合に価格を調整している。そのような綿密かつちゃんとした信頼関係を築きあげて来た。
  • 塩尻では最終的な商品の仕上がりを共有(味わってもらう)ことで実感し、ワイン産地と関係を長年築いていった。他方、山梨では農協からの買い付けから契約、個人買い付けと多種多様な原料調達が系統立てた解決を困難な物にしている。また、片手間に甲州を造ってもらうのは難しいのか?*6
  • ワイナリーが契約農家の形態を増やせば良いのにと率直な思いがあったがどうして?
    →なんか突拍子も無いいい条件が無い限りなかなか結びつかないだろう。他のブドウで収益が上がっているのだからよほどのことが無い限り手を挙げない。
  • 一番不安なのは長期展望にたった計画。何時切られるのか不安であれば二の足を踏む。ワイナリーから価格・量を事前に提示してきちんと契約すればよい。
  • 根本的に行政も入って現在の構造を考えない限り単なる延命法にしか過ぎない。契約はあくまでも手段。地場産業として育成する枠の整備が必要。
  • この催しでも農家の人々の出席が少なく、関心が薄い。(ワイナリー側もちらほらと出席されてましたが、、、。)行政側の後押しが無いのが関心を損ねているのは確か。
  • 現在県にワイン用の甲州の系統選抜を依頼している。(各種系統(クローン)を同一条件で植栽し、量を取ってもワイン用に適した系統を選抜する。*7

(終わりに)

  • メーカーであるワイナリーサイドがこまめに見回る様なことをしなければいけない。また、収穫体験などの企画で人集めも必要。糖度だけではなく他の付加価値で(香りや酸等)の面での評価基準も明確にしてくれればよい。
  • 行政からの積極的な優遇策、農家が地域の特異性をより認知してくれれば良い。プロのプライドを擽り、賛同する様にして貰えれば有り難い。
  • 行政・ワイナリー・農家とそれぞれの立場の人がそれぞれの仕事を全うし、それを共有化して行くことが、必要。ワイナリーが云うようなキロ200円で成り立つ技術を確立する必要がある。
    また、新規就農者の技術育成・生活基盤の受け入れ体制を整えて行くことも急務。
  • 消費者にも、山梨の魅力を感じてもらうことが必要。外部の人が来ることで、内部にいる人の刺激を与え、中を変える起爆剤になる。実際に行った企画では山梨のワインに関心を持ってくれる人が増え、「山梨へ直に足を運んでワイナリーやブドウ畑の存在する風景が良かった。しかも、足を使って歩き地元の方との会話に話が弾んだ。」といった声が多く(ワインだけではない)魅力があることで良く理解出来たのが収穫。こういうことを継続的にして行かなければならない。

<まとめ>
今回、二部となりしかも内容の濃い会であったため、二つの記事に分割して書きました。農家側とワイナリー側での対立構造という構図が一つのキーワードとなっていますが、こういったキーワードが却ってそういった構造を煽り立てて来た感があります。もうお互いが『別の世界の人』という価値観に縛られることは無く、若手醸造家・農家による勉強会*8も開催されて両者の歩み寄りも見られます。また、販売する側も日本ワインの正しい認知と浸透の仕方を意識しての販売や飲食店での提供が成されつつあります。*9が、まだ有志が支えているのが現状で、消費者サイドが一方的に盛り上がっている感もなきにしもあらずです。
残るは行政サイドがどう関わっていくかに焦点が移りつつあるといえるでしょう。
それでは、実際に日本の農政はどのような進め方かをウォッチしてみると、米中心でしかも土地の収用も無計画であるとか生産の方向性が無いといった指摘(例えば、『ずさんな農地行政が農業の自壊を招く〜壊れていく農村(1)』:日経ビジネスオンライン、2009年2月24日記事。および『「偽装農家」の実態を暴き、参加型民主主義で農業を再興せよ〜壊れていく農村(2) *10』:同、2009年3月3日記事より。下記関連記事書籍も参照。)から見えるように戦略性がありません。このような状況だと、馴染みが薄い存在である「嗜好品」(しかも「贅沢品」として扱われがち)であるワインは埋没することが必至で、原料用ブドウの扱いは農産物として認知され無いでしょう。(食用ブドウの余り物からの副産物と云う歴史的経緯も拍車をかけた。)
それと下記関連記事の小連載で紹介していますが、、平成20年度予算での税目の内訳では僅か1.6%の酒税財務省資料参照)の扱いをどうするかです。 課税額もそうですが、酒税を通じた製造・販売の規制は価格面だけでなく、事務処理面でもワイナリーへの負担増として跳ね返ってきます。
こうした、国策面での不合理を解消することが根本的な解決法なのですが、現状では早急に解消出来ることは困難です。そこで、例として

  • 農家・ワイナリーと限られた経費をワインに転化しているのであれば、補助金よりも地方の税制レベルで減免することで負担が減らす。(ワイナリー、あるいは農家に対する税制の優遇。一回徴収するのを予算として回すより効率的。)
  • 契約栽培だけでなく、ワイナリーと農家の共同の農業生産法人も設けワインに特化した栽培を共勤で行う。生産されたブドウはオープンな競争入札でワイナリーが買い取る。
  • 下記関連記事「ワイン認証制度」で小生が提言している農家側へのインセンティブを施行する。(原料供給農家への直接的な還元でモチベーション向上へと繋げる。)
  • 新規就農者に対する衣食住も含めたセーフティーネットを具体化して整備を行う。

などなど地方レベルでも可能な所から手を付けることが先決でしょう。そして、農家・ワイナリー・行政だけで無く消費者も巻き込み、さらに異業種や経済・化学といった間接的に繋がりのある異分野の見識も取り込むことが望ましいと考えられます。それから、ワイン産業のあり方に関しては欧米の先例は確かに大事ですが、良いところを手本にし日本オリジナルのスタイルを構築する方が理に適っています。
甲州種を中心とした山梨のワインは元々は明治期の殖産興業政策から始められたことですが、実際に二人の青年が派遣され、県を挙げて産業を興した歴史が残されています。国も各地でブドウ栽培を推進し、機運が高まった過去の明治期の先例を思うと、地場産業として育成して行く姿勢を継続することはゼロから出発するよりも恵まれています。「ワイン」として特別な見方をするのではなく、農産業かつ工産品であり観光資源でもあることから多面的な要素を持ち、色々な所へ恩恵をもたらすと存在として認識することで価値を高めることが出来る筈です。
「模範になるかもしれない一つのモデルケースになりうる」と冒頭で記したように、一局集中から脱し地方が国に依存せず経済が成立する構造への転換が急務である日本の現状を変えるためにも、山梨の復権は他の日本ワイン産地にも恩恵をもたらします。まずは県を中心に農地や醸造所が立地する自治体(市町村)が農・工・観光の縦割りに捕われない機動力のある組織運営と柔軟な方針に転換し、他のワイン産地との連携も積極的に行い(技術面だけでなく、販売や日本ワイン認知の効果も視野に入れて。ちなみに、ブドウ産地で山形と大阪では山梨伝来の甲州を今でも大切に残して栽培されています。*11)、「ハード」を扱う当事者である農家やワイナリーを支援する「ソフト(施策)」の充実に力を入れることが、何をおいても必要なことです。その姿勢がやがて温度差を解消し、持続的に自律した地方として「成長」することに結実するでしょう。
○関連記事
(備忘録)『きいろの香り』についての正しい理解を深めるために、、、。
(小生2008年3月9日記事)
【小連載】本当に「日本のワイン」が認知されるためには、、、?(最終回)
(小生2008年3月14日記事)
甲州市に「ワイン認証制度」が導入される予定です。
(小生2008年12月9日記事)
日本の農業問題を正しく理解するための三冊
(小生2009年1月22日記事)

*1:管理人注:一本の木から枝振りを拡げて大きな樹体にして自然に樹が落ち着くようにする粗放と呼ばれる方式。樹の勢い(樹勢)が強いとされる甲州では一般的。

*2:管理人注:収穫期の異なる多種多様な生食用等の品種を提供し、果樹産地としてのプレゼンスが高められる。

*3:ディスカッション中で「耕作放棄地の割合が全国ワースト2」との趣旨の発言が聴かれたが、山梨県農政部農村振興課の資料によると農林水産省の2005年農林業センサスのデーターに基づく数値で「本県の耕作放棄地面積は3,252ha、耕作放棄地率は14.7%であり」と記載されている。そこで、管理人である小生が実際に『2005年農林業センサス 第2巻・農林業経営体調査報告書(総括編)』を元に【総農家等】の項から
 =耕作放棄地面積/(経営耕地面積+耕作放棄地面積)
で計算すると山梨県では14.66%と算出出来た。この数値をさしているのであろう。ちなみにワイン産地である他県の数値を比較すると、長野=12.05%・山形=3.92%・北海道=0.98%となる。しかし、これらの数値は田・畑・樹園地を含めた値であることに留意して参考数値として見て頂きたい。実際に、総農家の中でも販売農家の括りでブドウ農家に該当すると考えられる「樹園地」となると山梨では4.36%となる。農林業センサスの各用語の定義はこちらを参照のこと。耕作放棄地の実態については、農林水産省耕作放棄地対策研究会中間とりまとめ』によると「基礎情報は正確には把握できていない」と記載されており農林業センサスだけでは把握出来ていない所がある模様。確実なデーターと慎重な議論が求められる。

*4:管理人注:健全な果実を多く残したいとなると、収穫が遅いほどリスクが増加する

*5:管理人注:1kgはワイン一本分に必要な量の目安。世界のワイン産地の相場は原料の7〜8倍が末端価格であることを考えると、普及ゾーンである1,000〜2,000円代に抑えたいワイナリー側としてはこの値段で買い取りたい設定となる。

*6:例えば、山形県の高畠ワイナリー(2007年11月3日訪問。業界向け専門誌の『WANDS(No.121, 2007年10月号)』でも触れられている。)では糖度だけでは無く、酸度・除葉による日照の具合や土壌の状態(一枝当たりの葉数、下草の管理等)といった様々な要素に基づく評価を行っており、優良契約農家さんの畑を見学したり、ワインの評価のフィードバック等を定期的に行い、情報の共有と関係の緊密化を図っている。

*7:甲州種も瑞々しさが要求される生食用への転換が進み、その過程で淘汰されたと考えられる。ただ、実際にどのような系統が「系統立って」これまで選抜されたかも不明で、その系統について出来るだけ歴史を遡っての解明が進み、情報の公開と共有が必要であろう。

*8:2008年2月1日の「やまなしワインフォーラム」の記事参照。

*9:2008年2月9日の昨年開催の「ワインを愉しむ会」の記事参照。

*10:この記事中で取り上げられている開成町の事例は同じ県内なので小耳に挟んでいる。行政だけでなく町民も参画した有効な事例。

*11:山形の例を挙げると鶴岡市JA庄内たがわ・月山ワイン(2008年国産ワインコンクールにて銀賞受賞)や南陽市・赤湯(例えば、2007年11月3日訪問の酒井ワイナリー)が、大阪では先日も取り上げたカタシモワイナリー大阪府のブドウ栽培の歴史は2007年6月30日小生記事の参考図書『大阪府におけるブドウ栽培の歴史的変遷に関する研究(小寺正史:著、大阪府立大学生命環境科学研究科博士学位論文、1986)』にて詳述されている。)が例に挙げられる。