新機軸に垣間見える名門の“静かなる”変革〜ルミエール・小山田幸紀氏を囲んで。

前回の催しから約2ヶ月、「愛ある日本ワインの聖地」・湘南のユーロ カフェ&バルmoto Rossoさん(ブラッスリー・H×Mさんの支店)にて日本のワインを味わう催しの第二弾、山梨・ルミエールの栽培・醸造を統括する責任者、小山田幸紀氏がやって参りました。
ルミエールさんに関しては本Blogでも何度か取り上げています。関連記事は、下記をご覧下さい。
ルミエール訪問(2006年5月20日記事)
行って来ましたワインフェス!(2008年6月14日記事)


古参ワイナリーが新しい時代にあわせて変貌を遂げることは、“伝統”の殻を時として破らなければならないこともあり中には葛藤との戦いがあったりするものですが、小山田氏は気負いが無く(本人曰く、「楽天的ですから」。)さらりとした語り口といった性格が幸いし、ドラスティックでは無く現実的なアプローチの下で行われています。このことは、上記関連記事の訪問記にて記している自然農法(自社畑にて実践)ヘの取り組み方に端的に表れていますが、共働されている契約栽培の農家さんに対しては従来の慣行農法と決して「強要」をせず敬意を払ってお願いしています。(ちなみに、この日も「自然農法で大変じゃないですか?」と尋ねたところ小山田氏曰く、「農薬や肥料代はかからない。草生で不耕起*1なので手間がかからない。ちゃんと手入れすれば以外に楽ですよ。その時に応じた柔軟な対応すれば良いのです。」と飄々と語って下さりました。)
本催しでは最近新発売になったペティアン2種類を含むワインがラインナップとして選ばれました。過去も含め話を伺って知ったルミエールさんの新たな取り組みを、ワインの感想と私自身の見解も交えながらも理解して頂ければ有りがたいです。
(詳しくは「続きを読む」↓をクリック。)

  • ペティヤンシリーズ(「ペティヤン」&「ペティヤン・オランジェ」&「ペティヤン・ルージュ」)

最近の流行の発泡性ワイン。そのなかでも、シャンパーニュに代表される瓶内二次発酵方式による発泡ワインが引っ張りだこですが、ペティヤン(ペティアン)は小生過去記事でも触れているようなもっと古典的な方式での発泡ワインです。
通常のスティルワインではタンク(あるいは樽)で発酵し切った後に澱引きやろ過して瓶詰めしますが、こちらは途中で瓶詰めします。そういうことから、瓶内は二酸化炭素が充満し、泡が溜まるのです。しかも、上記の過去記事に記したように空気が遮断されることで酸化も防止され、澱抜きは瓶内二次発酵方式と同様に凍結させてガス圧でポンと飛ばして取り除くと、やりように拠っては手間をかけずしかも澱引きやろ過といった操作でワインを痛めつけずに済む(酸化等で)といった利点を生かしたワインとなります。
このようなワインでは、ブドウのフレッシュさを前面に出した性格になるので、果実の風味・ポテンシャルを生かした仕上がりにすることが出来ます。そんな訳で、繊細さが持ち味の甲州種・黒ブドウでも柔らかな感じになるマスカット・ベーリーA種と日本のワイン用ブドウに合うのではということで、甲州2種とマスカット・ベーリーAにて小山田氏がリリースをしたものです。
甲州種では通常のフレッシュで酸の切れ味に優れたタイプと「オランジェ」と称したほんのり赤味がかったタイプを出しています。後者は所謂「醸し」の甲州ワインで発酵時に皮を浸して旨味を抽出しています。(皮の裏側には旨味成分が多く含まれている。)他の醸し甲州では結構渋味も含み(人によっては)好き嫌いが分かれる事も多いのですが、グラスの写真(左のやや橙色がかった方が「オランジェ」)を見て頂いたら分かるように比較的柔らかめの抽出で発泡性も手伝って口当たりがマイルドです。
そして、珍しい発泡性の赤(イタリア以外ではあまり見かけません。ロゼの発泡はありますが、それに輪を掛け赤の発泡は少ない。)はマスカット・ベーリーAのジャミーでビビッドな果実の風味が主体の味わいで赤ワインにありがちなコテコテの渋さとは一線を画しています。これも、ベーリーAの持ち味を生かすべく小山田氏が「ベーリーAは樽に入れるよりも果実の風味を生かしたのがイイ*2」という考えの下、やみくもに最近流行りの「樽熟成ベーリーA」にこだわらない姿勢を取っている自身の意思をさり気に貫いた意欲作甲州のペティヤンも小山田氏の意思が反映されている。)でしょう。moto Rossoオーナーの相山氏がショコラのデザートとマッチするのではと、機転を利かしさり気に一口サイズで出して下さったのと良く合いました。ベーリーAの「ルージュ」は色々と取り合わせを試してみたいですね。

  • 南野呂シリーズ(「南野呂マスカットベイリーA」&「南野呂甲州」)

今回持参して頂いたのは、何と一升瓶ヴァージョンです。(いずれも2008年収穫)ルミエールさんは農協経由によるものではなく、自社畑か契約栽培によるブドウ原料のみで調達しており(小山田氏談)*3、原料の質に盲滅法ではない事が伺えます。
そういう点もさることながら歴史的な経緯もあって、どちらかと云えば「シャトールミエール」シリーズに代表されるオーソドックス・本格派イメージがルミエールさんでは定着していますが、地元の農家さんに対する敬意を払った“生産者還元”*4を目的とし近年発売開始したワインで、かつての古き良き日常のお供「一升瓶ワイン」に対するオマージュを込めた中にも、洗練された現代のワインに通じるキャラクターを取り入れています。
造りは至ってシンプルで、共にタンク醸造・あとは余分なテクも取り入れず余計な説明入らずのワインです。しかし、かつて一升瓶ワインの様な「余り物のブドウ」から適当に造ったりとか、味が雑だとか云うのは一切ありません。味もかつての飲みやすさを求めるあまり甘口寄りになったり、かといって本格ワインにありがちなやたら辛口に切ってドライで素っ気ない*5様な所はありません。
一升瓶では多いという方には、四号瓶ならぬ750mlの容量でも販売されています。(「南野呂マスカットベイリーA」750mlのみ現行販売品は2007年産。)山梨行くと地元の人に評判が良いとの噂を小耳に挟んでいた隠れた銘品でお買い得です。先入観を廃して飲んで頂きたい商品として山梨来訪の際には寄って買いましょう。もちろん通販でも入手可。取り寄せて見る価値は充分に有ります。

今回小山田氏が特別に持参して頂いたのは、何気にベストセラーとなった2004年収穫のワインです。このミレジムが初登場のワインで「シャトールミエール」のセカンドワインと位置付けられていますが、一般の「セカンドワイン」は選果してフラッグシップ物に使うには見劣りするブドウを醸造した文字通りの二級品なのですが、こちらはコンセプトが違うのです。「レザンファン」シリーズの中でも厳選した原料からカベルネ・フラン、ブラック・クイーン、メルロを中心にアッサンブラージュを行い、広くのお客さんをターゲットにしていながら本格派の味わいを肩肘張らず・それでいて良質の飲みやすさを両立している商品です。
アッサンブラージュで成功しているワインとしては機山洋酒工業さんの「ファミリーリザーブ」始め、タケダワイナリーさんの「アッサンブラージュ」シリーズやココ・ファーム中澤農園さんの「栗沢ブラン」が挙げられます。ただ、小生がこれら三者とはちょっと異なる成り立ちにあると考えています。それは、先に上げた三者がワインとしての完成度を優先して今あるアイテムを持ち駒に組み立てて行くと云うアプローチに対し、小山田氏が最も好む品種「カベルネ・フラン」を軸にブドウのアッサンブラージュを行ってワインとしての完成度を高めているという自身のポリシーを中心に組立を図る様な所にあるからです。
赤ワインの高貴品種に比べ陰が薄いのですが、「カベルネ・フラン」は偉大なカベルネ・ソーヴィニョンの片親(もう片方はソーヴィニョン・ブランなのです。そのはかなげな気品のあるスミレや香水の様な芳香を生かしつつ、ブラック・クイーンの酸がもたらす余韻、メルロの腰が相乗効果を産み出しています。2005年産は以前の記事にあるようにカベルネ・フラン、ブラック・クイーンの組み合わせで年毎の出来に応じてブレンドも変え柔軟に対応してます。*6小生が別のサイトでのレポートでも書いていますが、本当に「文句つけようが無い」お薦め物です。(特に、2004年物は。)


<総論>
ルミエールさんの様に歴史があり古くからの顧客もついているメーカーとしては、かつての方針を堅持する事を往々にして求められがちですが、小山田さんの真面目で有りながらも飄々としたキャラクターが幸いし、これまでの名声に安住することなく徐々に新しい手法を取り入れ、かといって時代の波に流されすぎずにワイナリーのスタンスを再構築して行く過程はごり押しでないことや周囲の理解も有り、軌道に乗って見直されて来ているのではないかと小生は考察しております。(これは、2005年に新しく就任された現社長の木田茂樹氏の運営方針に寄るところも大きいのでは?とも個人的には予想しています。)
ワインメーカーの独り善がりな「押し付け」ではなく、小山田氏が「選ぶのは消費者」ですからと気張らずにさらりと語る所と如何に飲む人に喜んで頂けるかを思案しつつ自らの想いも製品に盛り込むバランス感覚が良い方向に噛みあって来ています。スタッフと共に健全な方針の下で造られたワインが全てを物語ってます。(その様な所は得てして製品に如実に表れる。目の確かな人は必ず分かるものです。)
前回の訪問記にて

今、ルミエールさんは、小山田氏の下で徐々に改革が進められており、伝統におもねる事なく新しい風を取り入れている最中で過渡期の感が有りますが、そこは名門、芯はブレず腰を据えた建設的な取り組みで、今後の動きに期待大です。

と記しましたが、全てが順風満帆は無く決して表に出ない苦労も有るとは思われる一方で、上記の記事通りの成果が出つつあることを実感しています。そして、この取り組みが山梨のみならず、他のワイナリーや(もっと広い見地で)地場産業の刷新の有り方の一つとして刺激になって行くよう発展して行くことを願うばかりです。
最後に、会場のmoto Rossoを運営してますオーナーの相山洋明様、そして西方裕次様(ブルゴーニュ魂)、運営ご苦労様でした。改めて御礼申し上げます。
そして、小山田幸紀様、本当に有り難うございました。

*1:いわゆる、フランス等で盛んなビオディナミ・ビオロジックの手法を取る“自然派”の栽培家は馬や人力等で畑を耕す傾向で空気を土壌に取り込んでいますが、日本の自然農法ではあまり耕さない「不耕起」を取る事が多い。草生で繁茂していく雑草の根が土壌に入り込み、枯れた後また新たに生えた草の根が伸びるサイクルを繰り返すことで、柔らかく程良い養分を含んだ土壌となる。この結果、有用な好気性の菌が繁殖して土壌での分解や窒素固定が自然に進み、循環性が保たれると云う考えに基づいている。

*2:ベーリーAの性格が念頭にあるだけでなく、氏が強い樽の風味を出す志向では無いとのこと。

*3:契約畑原料による単一品種シリーズ「レザンファン」がラインナップとして有り、コストパフォーマンスに優れてます。小山田氏も小生も好みの品種「レザンファン カベルネ・フラン」が最も個人的にはお薦め。

*4:北海道ワインさんが道内限定でリリースしている「道民還元」シリーズに通じる、地域貢献への御礼の姿勢を取り入れている。

*5:辛口に切りすぎると相対的にアルコール以外のエキス分の比率が低くなり、往々にして却って旨味が感じられなく傾向にある。

*6:この柔軟さは、もう一つの特記すべき事項にも反映されているのですが、敢えて伏せておきます。翌日山梨に伺って、ルミエールの店員さんにその件をお話ししたところ、苦笑いしながらも「実は『企業秘密』なんですよ〜。」と素直に答えて下さったので店員さんとの約束を守る事に致します。