理想を求め新潟の地にて一から全てを築いたワイナリー、そしてそのスピリットを次代に継承し地域の持続的な発展を目指す。〜Fermier(フェルミエ)&カーブドッチ訪問

弥彦山が近くに聳える、新潟近郊の角田浜と越前浜に2軒のワイナリーがあります。一から身を起こして成立された「カーブドッチ」さん、そして新進気鋭の「Fermier(フェルミエ)」さん。
通常でしたら各ワイナリーを別個に取り上げるのですが、この2つのワイナリーは共に取り上げることでその存在をより鮮明にお伝えできると考え、敢えて今回はセットで紹介するという新たな切り口を取ることに致しました。まずは、Fermierさん、そしてカーブドッチさんのルポを記して行きます。
<Fermier>
実は、経営するのは前職は証券会社のサラリーマンの本多孝氏。ワインの魅力に魅かれた本多孝氏は、後述するカーブドッチさんの代表・落希一郎氏が2003年に開講した「ワイナリー経営塾」に応募し、40名の中から選出された2名のうちの1名です。*1 そして一家で故郷・新潟にUターン。ワインだけではなく日本海の海の幸と地元の野菜を取り入れた石窯焼きピッツァを焼いて下さるレストランも併設してワイン造りに勤しんでおられます。
畑の面積は0.4ha。アルバニーリョカベルネフラン(CF) *2をおおよそ半分ずつ。 現在のラインナップは立ち上げを優先したため自園産は発売されていませんが、今後2種類をリリースすることが決まっています。*3特に、アルバニーリョに関しては、魚介類といった海の幸が豊富な日本海側の土地ならではの選択として面白いでしょう。ヴィオニエのようなアプリコットの薫りは受け入れられやすいのではとも小生は思います。
さて、昼食は折角ですので本格派の生地をベースにした石窯焼きピッツァを食しながらワインをも頂きました。当然、選んだのは新潟産100%の原料で造り出されたものです。そこで、私なりの感想を。
シャルドネ(2007)
イメージとしては、以前頂いた奥出雲葡萄園さんの「奥出雲シャルドネ」に近いニュアンスです。樽の風味は控えめで、余韻が程よくある所が似ています。異なるのは、新潟産と云うこともあり酸の輪郭はハッキリしているところ。「引きしまったテイストです。」とサイトの紹介文にありますが、この酸のキャラクターに拠るかと小生は考えております。また、低温発酵故に果実の風味がしっかり出ているところも良しです。
カベルネ・ソーヴィニョン(2007)
ストラクチャーのハッキリした赤で、ブラックベリー系の薫りが漂います。後程カーブドッチさんの項でも触れますが、実は新潟はカベルネ・ソーヴィニョンの栽培に適している様です。夏季の日照量もさる事ながら、夜温がちょうどよい具合に下がり酸が抜けにくい事。また、夏から秋にかけての気温の推移が晩熟のカベルネ・ソーヴィニョンにとって好都合で山形のシャルドネと同様にゆっくりと完熟に至る所がポイントです。*4 2006年物を機会があって幾度か試飲させていただいたことがありますが、こちらの2007年物の方が断然優れた出来に仕上がってます。あと2年引っ張ると、よりまろやかな口当たりとなって薫りや味わいがより複雑味を増して飲み頃になると(私個人は)予想してます。
以上2点に加え、新規開業故に当面の収益確保のために他産地の原料を用いたワインも販売しておりますが、小生は上記新潟産原料の2種に加え、将来登場予定の自園産ワインについても期待を寄せております。今後が楽しみです。ニャンコもくつろぐ気持ちの落ち着く場でゆっくりと時間を過ごすのがベストだと思いますよ。*5

<カーブドッチ>
そして、Fermierさんがワイナリーを設立するに当たって後押しをしたのが、新潟初のワイナリーとして1992年に開設(当時は巻町。現在は新潟市西蒲区。)こちらのカーブドッチ*6(株式会社欧州ぶどう栽培研究所)で、記述しました様に代表は落希一郎氏が努めてます。落氏は、嶌村彰禧氏が率いるかの北海道ワインさんの設立に参画後、斑尾高原農場(サンクゼール)さんのワイン事業の立ち上げを経た後に、本ワイナリーを新潟にて開設した経緯の持ち主です。
僕がワイナリーをつくった理由開設に際しては、自身が若き頃のドイツ修行時代に目の当たりにしたワイナリーのあるべき姿(自分の目の届く範囲で流通させ・規模に応じた身の丈商売に徹する。勿論、自前で栽培して醸造を行う。)と修業の余暇に訪れたカリフォルニアのナパの町づくり(ちょうど、シリコンバレーの如く新興のワイナリーが多数勃興し、固定観念に囚われない発想で発展してその地域が独立した経済圏を形成している。*7)に強い影響を受けておられます。まだ、日本にワインが根付くはるか前の話で、若かった故にその影響はかなり心に刻まれた物であったことでしょう。こういったエピソードは、設立の経緯も含め、詳細はご本人の著書で最近出版されたばかりの『僕がワイナリーをつくった理由』にて詳述されていますので、こちらの書籍を参照下さい。
さて、新潟にてのブドウ栽培ですが、気候的な面では巻町の平年値気象庁の気象統計情報の項にある過去の統計データーを下にグラフ化したものを確認すると、降水量は冬季の積雪が主で日照量は他の産地(勝沼山形を比較としてリンク先に掲載しました。縦軸(左)が降水量と日照時間、縦軸(右)が気温です。*8)と遜色がない事が分かります。これは、先のFermierさんでのカベルネ・ソーヴィニョンのワインの話で既に記した通りです。また、地質に関してですが、海岸線に近い砂地の土壌で各種養分が乏しいものの、程よい水はけが保たれます。近年では堆肥ならびにミネラルの投入で土壌改良を図った後に、草生栽培により根が繁茂することから養分の流亡を食い止めれるようになった結果、改善が進んでいます。この結果がワインにどのような影響をもたらすかを確認するためには少なくともあと数年はかかるだろうというのがワイナリー側の見解です。
ワイナリー見学は約1時間の行程で、専門のスタッフが畑から醸造場まで案内して下さり、また試飲も希望に応じてできる限りの範囲で試す事が可能です。今回はバレルサンプルで2008年収穫のカベルネ・ソーヴィニョンを頂きましたが、ベレーゾーン期を過ぎた8月に雨が降り夜温が適度に下がってくれた上に、9・10月の気温が完熟に合わせるかの如く適度に下降して行った事で、とてもタンニンの豊富なかなり濃い色調で酸度もある「理想のブドウ」が収穫出来たことで、日本のカベルネではかなりレベルが高いものに仕上がってます。*9
また、場内にはワインの原料となるブドウ栽培から、醸造・販売、そしてもてなしの場であるレストランや温浴・宿泊施設「ヴィネスパ」まで展開していますが、どれも統一感のとれたもので、よくありがちな巨大リゾート風では無く瀟洒な雰囲気のある程度の規模を保っています。よって、訪れた人々の期待を裏切る事なく、さりとて変に媚びた施設でも無いところに落氏のこだわりが垣間見えます。
<総論>
既存のブドウ産地ではなく新潟という地を選んだ事は、地理的(気候・地形や地質)な面もあるかと思いますが、自らのコンセプトの下で独りよがりでは無く地域とのかかわりを重視した理想のワイナリーを基盤から全て築き上げて行きたいと云う落氏のモティベーションが最も大きな原動力になったと考えられます。
それは、今まで歴史を背負い・しがらみが強い故に時代に即した地元との関係を構築することが困難な既存の日本のワイナリーにとってはある意味羨ましいことで、そうした前例を見てきた落氏は、いわば“裸一貫”からここまで企業として経済的に成立させたという面で客観的に評価されてもおかしくないでしょう。
勿論、こうした飛び抜けた存在は、横並びを重んじる日本において何かと毀誉褒貶にさらされる事が多いかも知れません。しかし、新潟市やその周辺の人々が引っ切り無しに訪れている様子(しかも、金曜日とはいえ平日です。)をこの目で確かめた小生は、実績を出していることが無論重要で、現実的なアプローチも取りながらも、単なる栽培家・ワイン醸造家といった枠を超えた実業家としてのスケールの大きさ(企業規模は別にして)は、どことなく『完全網羅 起業成功マニュアル』に登場する人物(例えば、ビル・ゲイツスティーブ・ジョブズジェリー・ヤンセルゲイ・ブリンを彷彿とさせます。*10 )を感じさせます。
こうして、ブドウ栽培から、醸造・販売、そしてもてなしの場である品性の保たれた娯楽施設まで展開している事は、ある種の垂直統合モデルに通じるものがあります。しかし、垂直統合のビジネスモデルでは出来ない多様性・機動力のあるビジネスモデル『水平分業』的要素を取り入れ、敢えて同業他社の設立の手助けを図り・後継者の育成を托すことはユニークな試みと言うだけで無く、一社のみが拡大して規模を大きくさせることでは困難になってくる持続的発展や周辺地域の活性化という面で有効であると考えられます。
カーブドッチさんの企業規模が適性規模となった現在、こうして証券会社出身の本多氏がワインに魅せられ・故郷へとUターンしてFermier(フェルミエ)さんを開園したことは必然の帰結であったのかもしれません。今後、もう1社が開園する予定で、三つのワイナリーが互いに切磋琢磨して新潟にさらなる新しい風を吹き込んで行く開拓精神をとくと見守って行きたい。そういった想いをつとに感じる事が出来た遠征でした。
(Fermier(フェルミエ)の本多孝氏、カーブドッチの関係者の皆様には色々とお世話になりました。この場を借りて改めて御礼申し上げます。有り難うございました。)
●参考文献
『僕がワイナリーをつくった理由』(落希一郎:著、ダイヤモンド社:刊)
『北海道のワイン』『長野県のワイン』(山本博:著、ワイン王国社:刊)

*1:もう1名は今秋開園予定。詳細は後述の項にて紹介する書籍にてご覧下さい。

*2:CFは以前も本Blogにて取り上げている様に個人的にも好きな品種です。そこはかとなく穏やかなタンニンではあるが、繊細ながらも気品のある薫りを持ちそこがこの品種のアイデンティティーとなっている。

*3:CFは今年の秋に初出荷の予定。

*4:カーブドッチさんの話によると、晩腐にさえ気をつければなんと収穫は11月の頭まで引っ張れるとのこと。

*5:これは、落氏の猫好きなのか、カーブドッチさんにも飼い猫があちこちで見かけます。

*6:“カーブ・ド・落”をもじっての名前という「オチ」があるんです。ハイ。(苦笑)

*7:但し、最近はかなり俗化が進んでいる模様だと聴きます。ソノマの方が大資本の影響を受けず、まだ健全な雰囲気とも、、、。

*8:この気候要素(平年値)のグラフはあくまでも目安です。これが栽培を左右する要素の全てではありません。念のため。

*9:小生の推測では、恐らく飲み頃までに5年近く(2014年頃)かかるかもしれません。

*10:無論、IT業界やアメリカが全てではありません。例えば、ファーストリテイリングユニクロ)の柳井正や、過去に遡り松下幸之助本田宗一郎藤沢武夫井深大盛田昭夫にも通じるものがあります。