マスカット・ベーリーAはVinifera:Labrusca=50:50ではありません。

先日、岩の原葡萄園訪問の際にも触れました、川上善兵衛翁の交雑品種の系統に関しての補足です。(異なる種での掛け合わせなので、「交配」ではなく「交雑」(Hybrid)です。念のため。*1
一般に、マスカット・ベーリーA(1927年、交雑番号3986)はお題の様な捉え方をされてますが、きちんと調査するとそうではない事が分かります。
まず、善兵衛翁の論文『交配に依る葡萄品種の育成』(「園芸学会雑誌」第11巻, 第4号 (1942))、ならびに著書『実験葡萄全書(中編)』(1933年)で片親のBaileyについて小生が調べ上げたのをまとめたのが下記の系統図です。(図1)
https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/o/okkuu-daaman/20090805/20090805073011_original.png

Baileyの交雑の系統に関しては、実際に交雑したMunson氏の著書“Foundations of American grape culture”[T.V. Munson & Son, Denison (Texas)] (1909)(『実験葡萄全書(中編)』の参考図書にもなっている。)で記されてますように、Vitis Vinifera, Vitis Labrusca, Vitis Lincecumii Buckley種の3種の交雑です。
そして、別ルートから調査して辿った結果が下記の通り。(図2)
https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/o/okkuu-daaman/20090805/20090805073010_original.png

(“Vitis International Variety Catalogue(VIVC・ぶどう国際品種カタログ、http://www.vivc.de*2を基にBlog管理人が作成。)
Baileyの交雑の系統に関する違いより、二通りの説があります。が、学術データーベースからの出自が最新の結果であることから、後者の系統図がより正確なものであると云うのが現在の結論です。
(図の注)
V. V. = Vitis Vinifera , V. L. = Vitis Labrusca , V. L. B. = Vitis Lincecumii Buckley
(書籍のリンク先は、著作権法をクリアしたデジタルアーカイブです。ご参考までに。)
(追記)
上記善兵衛翁の論文『交配に依る葡萄品種の育成』を読むと、劣性な孤臭の形質を薄めるとあります。(pp.368)
すなわち、「本邦の風土に適し」「樹生強健」な(論文そのまま引用)米国種であるLabrusca種に、同じく米国種で無香なLincecumii種の掛け合わせたもの・もしくはその血を引くものを片親とする考えの下で、日本に適した良質の醸造用ブドウを育種しようとし、結果の検証まで行っている所は驚嘆する他ありません。
(追記2)
リンクを修正しました。(2016.9.18)
【追記3】2022年9月24日修正しました。*3
(“Vitis International Variety Catalogue(VIVC・ぶどう国際品種カタログ、http://www.vivc.deを参照。)
コンコードがラブラスカ単独ではなく、カトウバセミヨンとラブラスカの交雑)とラブラスカの掛け合わせなので、修正しました。(図3)

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/o/okkuu-daaman/20220924/20220924180643_original.png

*4:下記注を参照。

*1:同じ種同士の掛け合わせによる品種改良は交配(Crossing)と称し、交雑とは区別しています。

*2:ドイツのブドウ研究機関 “Institute for Grapevine Breeding Geilweilerhof”が、1984年に国際ブドウ・ワイン機構(O.I.V.)とIBPGR(現在では“Bioversity”)の助力により構築を行なったぶどう品種のデーターベース。歴史について詳しくはこちらのPDFを参照のこと。

*3:2009年に本投稿執筆した時点では、コンコードはラブラスカ種と見なしていました(小生もそう勘違いしていました)が、2016年の論文(Huber et al. (2016). "A view into American grapevine history: Vitis vinifera cv. 'Sémillon' is an ancestor of 'Catawba' and 'Concord'". Vitis - Journal of Grapevine Research. 55 (2): 53–56)にて、遺伝子解析によるコンコードとカトウバの系統が判明したことからようやく明らかになったと言えます。

*4:上記の図で記述している数字上の割合はメンデルの法則による理論値ですが、実際の割合は遺伝子解析しないと分かりません。あと、解析して数字が出ても、実際の形質は数値と異なる現れ方をします。(優性の程度が異なるため。https://ja.m.wikipedia.org/wiki/優性