「生かす道」を考える

山梨は朝夕涼しさを感じるようになって来ました。先週の土曜に納車された軽トラも既に活躍中。
[『ハピオク号(©某シェフ)』と名付けられてしまいました。(苦笑)何かもっと他にエエ愛称あらへんかなぁ〜。募集中です!]

こちらは来年耕作予定の園地の一つ。朝早起きして草刈り等一部手入れを施し、これから成園化する為の準備をしてました。すると、お隣のブドウ畑の写真家の立木義浩によく似たおじさんが通りかかり、
「よかったよ!来年耕作してくれるなんて有り難い。」
と親切にお声をかけて下さりました。とても気風のエエ方で激励の言葉も頂き恐縮です。ちょっとした会話でしたが、お互い清々しい気持ちを共有出来て本当に有り難かった。
今、こうして耕作を放棄する所が増えていますが、土地を生かすための「グランドデザイン」が無いのが日本の現状。穴あきに無計画でやるものだから、「活用」と云う言葉がどっか行ってしまっているのは淋しい話ですね。まだ、栽培を断念されて間も無かったので体を保ってますが、仮にそのまま放棄され隣で荒れ地となってしまうと農家さんにとっては害虫や病気の元となったりして余計な手入れをしないといけないし、仮に隣が宅地だったら物騒だったりゴミを投棄されたりと何れにせよ困り事が増えます。でも、現実は農業を継続する事が高齢化や収入面での魅力等で止むにやまれず耕作を諦めるしかないのです。(中には、この本に書いているように悪徳な例もあります。これも、真実、、、。)
土地に対する執着心が強い日本ですが、個人に帰属するものでありながら公共の財産的な側面も有しています。様々な要因から「モノ」に対する概念が変わりつつある歴史の流れの真っ只中で、これからは如何に弾力的に運用するか? 僕たちに課せられている大事な宿題です。