「山梨の地域ビジネスセミナー2010」を振り返る

実は、県内の総生産額(いわゆる“GDP”)に占める農業の割合は2%、製造業は25%。これを、「ワイン産業」と云う括りで見るとその割合は県の総生産額に対し0.15%とごく僅かな値である。しかし、県外の人から見ると「山梨県のイメージとは?」と聴かれ、真っ先に思い浮かぶのは『ブドウとワイン』。実際に統計上でも示されている山梨県における『ブドウとワイン』の存在は、思った以上に大きいものであります。
今回のセミナーでは、現場で向き合うご両人だからこそ見えてくる「現状」と「将来」を忌憚なく語って頂きました。

<日本のワイン産業の現状>
まずは、現状認識を踏まえないことには先に進まないので、土屋さんからざっくりと説明して貰いました。(以下はその抜粋)

  • ワインの出荷量(課税移出)は?
    国税庁の統計*1によると、日本国内で生産された量は2006年(平成18年)で約230,000kL(輸入原料に拠る分も含む)。
    →国内で生産(ボトリング)=約83,000kL -> 全体の35%
    →純粋に日本産ブドウを使用したのは? -> 推定で全体の4%で*2、9000kL。これより、純国産ワインの原料として用いられているブドウの量は約12,000tと予想される。
  • 甲州種のシェアは?
    2008年でおよそ2,300tの甲州種ブドウが醸造用に割り振られている。ここから推定するに、日本産醸造用ブドウの2〜3割を占める。
    →課税数量に占める割合では、1%以下。*3
  • 純国産ワインの市場は?
    恐らく、100〜200億円の市場規模。
    日本のワイナリー合計で、537億円(売上)の経営規模。山梨県の果樹生産額とほぼ同額。
    参考)三和酒類の焼酎の売上高が約540億円*4
  • 海外のワイン生産
    456万kLのワインがフランスでは年間で消費されている。
    ブドウの生産量は、フランスでは600万tで日本では20万t。
  • 日本ワイン市場の現状
    ○ワイン市場のパイは小さい。(純国産は更に小さい)
    ○ファンは定着しているが広がりがあまりない。
    ○厳しい経済状況から、高品質・低価格の要求が強まっている。

次に、栽培・醸造、それぞれの立場から見た「山梨のワイン」について、現状と展望を池川さんと土屋さんより語って頂きました。

<ブドウ栽培から見た山梨のワイン>
(以下、池川さんからの見解を抜粋)

  • はじめに・・・。
    一次産業としての額は低いかもしれないが、食全体として捉えれば流通・生活・サービス業の所まで考えると額は大きい。
    最近は普通にワインを嗜む人が増えているが、輸入が多く賄っている所を純国産に塗り替えると思えば、伸び代がある。
  • 池川さんのバックボーン
    以前は生食用ブドウ栽培が中心だったが、派米研修以降、醸造用に関心を持つ。
    甲府市里垣地区=師である橘田清次氏はじめ、サドヤ農場の今井吉之助氏と親輔氏等、山梨のブドウ栽培者の有力者が多く在所。*5
  • 経営規模拡大の必要性
    ブドウもワインも出荷量が減っている。
    →その中でワイン用ブドウの原料の減少(特に甲州)が著しい。
    一生産法人あたりで手掛ける面積は10haが目標。(1ha=100a=100m×100m)
    →現実的に考えると、目標とする売上=50万円/10a。*6
    規模を考えると1人当たり2〜3haが出来る技術が必要。
    輸入のを純国産のワインに塗り替えれば、市場として糊代がある。
  • シャトー酒折さんとの出逢い
    シャトー酒折さんに在籍してブドウ栽培に取り組んでいた責任者が、実は派米研修の後輩。
  • 「山梨のワイン文化を『原料の側』から支えたい」
    専業で醸造用ブドウ栽培という形態が過去山梨には殆ど存在しなかった。
    このままで行くと海外の例に漏れず、産地が「産地」でなくなってしまう。*7
  • Team Kisvinとは?
    (株)Kisvin代表・荻原康弘氏と静岡大の西岡一洋氏と池川さんの3人により、純粋に、「醸造用ブドウ栽培に特化した方が面白い」という動機から発足。「ブドウとワイン」を愛する人達が集まっている。
    (詳しくはWebサイトを参照)
    (株)i-vinesのような醸造用ブドウ栽培専業の経営体が将来受け皿となる。
  • 醸造用ブドウの魅力
    冬の時期や剪定を見させて欲しいと云うメディアや愛好家の存在。
    →生食用ブドウでは食べれる時期しか人が来ない。通年に渡って人を引きつける魅力が醸造用にはある。
    →ワインは”エロさ”(管理人注:良い意味での「下心」)があっての飲み物。ブドウ単価のことだけしか頭に無いようでは「よいワイン」は産まれない。(「ワイングラスの向こうには飲み手が見える。」)
  • 醸造用ブドウ栽培の指導で山梨県を支える。
    県内の若手醸造家・栽培家による「若手醸造家・農家研究会」での役員、ならびに山梨大学ワイン科学研究センターでの非常勤講師の活動。
    →自身が学び直す機会でもあり、地域の諸先輩方から教わったことを継承。
  • やりたい人が農業をやらないと駄目
    →果樹・特にブドウの栽培は習得が難しく、収穫だけでなくワインになるにも年月がかかる。

<ワイナリー経営から見た山梨のワイン>
(以下、土屋さんからの見解を抜粋)

  • はじめに・・・。
    ブドウ・ワイン産業が県内の工業生産額の中では小額しか占めないのに対し、世間にとっては大きなインパクトを与えている。
    →原料となるブドウが栽培された風土を色濃く反映する。
    →あらゆる社会や人間の営みに関わっている。
    非常に拡がりのある産業で、山梨が創り上げてきたもの。
    →誇りを持って、大切にしなければならない。
  • ブドウ棚、栽培技術、品種(特に甲州)等々
    甲府愛宕山の東側(里垣地区)や、勝沼ぶどう郷駅を降り立ったときに見えるブドウ畑。
    →先人達の営み・地域の生活・経営資源
  • 地域の資源を新しい市場の開拓に活用する
    「ワインツーリズム」の重要性
    →ブドウ畑があってこそのワイン=地域があってこそのワイン・ブドウ。
    →ワインが地域に助けられ、地域がワインを助け、日々の人々の営みを支える。(そして、「恩返し」でもある。)
    歴史に培われたバックグラウンドがあることが山梨の競争力の源となっている。
  • 甲州市の原産地呼称ワイン認証制度
    甲州市山梨県内で栽培されたブドウを使ったワインを行政がお墨付きを与える。
    ワイナリーからの申請を基に、栽培している圃場(ほじょう)を確認するために現地を視察。
    →実際に一歩中に入ると、色々な所でブドウ(特に、甲州)が栽培されている。
    審査に携わり評価することで、畑にあるブドウが再評価されているような気持ちになった。これだけ大事にされていることを知らしめなければ勿体ない。
    →「畑の価値」の再認識・「地域にあるもの」の再評価へ繋がる。
  • 今ある物を活用して「ブランド(価値)」を確立し、高めて行く。
    →現在の有り様に囚われない。常に高めて行く。
    (例:機山さんは甲州種のスパークリングの草分け。瓶内二次発酵方式の本格派で、年間4,000本。今では、同業他社が手掛けるようになっている。*8
  • 山梨県のワイナリー
    大手から小規模まで80社超を数える。
    規模だけで無く多様な業態の集まりで、他の産業には無い。互いに切磋琢磨している。
    長野・北海道には同じような形は造れない。


<お二人に伺う「事業経営の価値とは?」>
(1)地域の課題は何か?
(1)-1. 地域にある価値の見直し(再評価)

  • ワイン=時期を選ばずに人を集める魅力(例:woof JAPANやmixiのコミュ)
    地域の景観保全や環境問題を軸に色々なアイデアが出る可能性
    屋上緑化グリーンツーリズム等取り組みへの発展。
    →ただ面白いだけでは無く、良い方向へ向かって皆が知恵を出し合う。
    (以上、池川さんより。)
  • 原産地呼称制度の様に、行政の取り組みが価値の見直しに繋がる。
    →ワイナリーや栽培する側が制度を活用することでより高める方向に。
    (以上、土屋さんより。)

(1)-2. 新しい価値を見いだす(新しい手法)

  • 援農ツーリズムの可能性
    →ワインを買う・飲む人達がワイン用ブドウ栽培の農作業に入る。
    日常で、自分達が栽培のお手伝いをして実際に関わったワインを「自慢の逸品」として紹介。
    →山梨だから出来る。産地ならではの特権で、日常が豊かになる。
    →以外と当事者の視点では分からない。外部の視点も必要。
    (以上、池川さんより。)
  • お客さんがワインを買いに来て地域を散策して貰うためには、ワイナリーだけではやって行けないし、地域の理解が必要。そのためにはワイナリーも地域を知らなければならないし、地域との結びつきを深めなければならない。
    →新しい「気付き」をもたらしてくれる。
    (以上、土屋さんより。)

(2)「やまなしブランド」とは?

  • ブランド=格好良く見せるとか、オシャレに見せるのでは無い。実態の本質を分かりやすく示せるところにかかっている。
    輸出については、一つのやり方として認めるが、一納税者としては疑問に感じる所がある。
    ブランドとしてあり方を考えると、仮に海外の人(ジャーナリストや愛好家)が来ても、内部の人が現状を本質的に理解して押さえておりちゃんと説明出来るようにして行かないといけない。
    (以上、土屋さんより。)
  • 先人の培ったものが、使い果たされている所まで来ている。
    →現実として、危機感がある。
    ワイン醸造の人材=県外の出身者も多い。一種のステータス的存在。
    周囲に思って頂けるようにやって行かなければならない。売り上げを伸ばす事も重要だが、大切なのはどんな想いでワインを届けるかである。そこには、感動がなければならない。その想いの強さこそが、山梨の「ブランド」に繋がる。
    (以上、池川さんより。)

(3)地域の何処を変え、何を豊かにしたか?
「商売(1kgいくら)」の世界から「ワイン文化継承」の世界へ

  • ブドウがワインに変わって、最初は期待半分・不安半分。
    しかし、次からは「いいワイン用ブドウを沢山造りたい」との意識へ転換。やがて、「もっと美味しいワインを飲みたい。」との想いへ。
    ブドウ栽培の技術を多くの人に理解される必要性。
    →多くの人に広める事で、甲府・山梨・ひいては日本のワイン用ブドウの栽培技術を上げることになる。(地域の諸先輩方から受けた教えを継承することで先人へのお返しになる。)
    →山梨が、発信地として「産地の強み」を高める事にも繋がる。
    →人が財産。産地個別で、「もっと良くしたい」と情熱持った人が存在しなければならない。山梨には過去からそうした人が多く存在し、それが強みである。
    (以上、池川さんより。)

(4)地域内外との人間関係の広がり・深まりは?

  • コンサルタントとしてシャトー酒折さんと関わるようになってから、ワイン造りに携わる人々が笑顔になった。
    →自社畑でのブドウ栽培が見違えるほど良くなったことで、誇りを持てる。
    「ブドウの栽培家」としての歓び
    →ワインのラベルへサインをせがまれたり、「キャー!」と抱きつかれたり。(笑)
    (以上、池川さんより。)
  • 全て完結した中であるが、日々末端の消費者と相対することで、人間関係が広がっている。
    →刺激を受けたり、情報や意見交換に繋がっている。
    基本的には、ワイナリーは「ワインを製造している所」。美味しいワインを産み出す所があってこその販売。
    →レストランの「厨房」に踏み込むものに近いとイメージして欲しいし、そうしたルールを気づかって頂けると有り難い。
    (以上、土屋さんより。)

[これにて、了。]

*1:メルシャンさんのサイトに統計がまとめられている。

*2:国税庁の統計では公表されていない。ある大手メーカーによる統計での推計に拠る。

*3:2,300tとすると1,800kLのワインに相当。土屋さん曰く「これが仮に全て機山洋酒さんの甲州として計算すると、金額として30億円の市場規模。」

*4:出典:帝国データーバンク。ちなみに、全国の焼酎の売上高で1位の企業。

*5:愛宕山善光寺に挟まれた地域で、植原葡萄研究所が所在する。

*6:10a当たり2tとし、キロ当たり250円として換算。

*7:国内での産地の変遷は、小生2010年1月23日記事を参照。

*8:県内のワイナリーでは、ガス注入式も含めると10社以上を超える。ちなみに、管理人が知る限りでは機山さんに加え下記のワイナリーが甲州種のスパークリングを生産している。勝醸・フジッコ・丸藤・ルミエール・四恩・奥野田・マルス・大和・蒼龍・メルシャン・マンズ(順不同・敬称略)