ある意味、“私を驚かせたワイン”との再会

甲州種のワインに注目が集まるようになって久しい今日この頃ですが、かつてその有り様に一石を投じたのが、かの『ラインガウ甲州』。今日は、毎年山梨で最新のミレジム(=ヴィンテージ)をお披露目する定例会に出席して来ました。
会では、シャトー酒折さんのワインと併せてのラインナップ。2009年より、インポーターがシャトー酒折さんのグループ会社・木下インターナショナルさんへと移管され、本場・山梨の甲州種ワインとドイツの甲州種ワインが相並び立つ様になったのはとても意義深い事と小生は考えております。


会場は、石和温泉駅の北に近い甲府ワインポート・ボルドークラシックハウス。100人程のお客様で満員の大賑わい、料理に舌鼓を打ちながら甲州の饗宴を愉しみました。一般の参加者にとっては希少なワインを頂けることに関心が集中するかと思いますが、甲州種を栽培する身である小生にとってこの日は単なるワイン会以上の「再確認の場」でもあったのです。そんなことから、私なりの寸評を甲州種ワインに絞って以下に。

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○『ミッテルハイマー・エーデルマン ラインガウ甲州(2009)』『同(2008)
今回お披露目されたのが、最新ミレジムの2009年物。実は、2008年物に関しては昨年頂く機会があり、正確には1年ぶりです。(かつて頂いたのは2005年産。それ以降ブランクがあり、昨年2008年産を久方ぶりに賞味してます。)
この日は、同じ生産者のリースリング(『グーツリースリング トロッケン(2009)』)も併せて出されましたが、テイストは共通するものがありますが、甲州リースリングの違いが如実に感じられます。例えて言うなら、リースリングは「高貴で気高い女王」で、甲州は「艶やかな和装の女性」。「品種の違い。えっ、当たり前やん!」との外野の声が聴こえそうですが、敢えてこう書くのはかつて2005年物の『ラインガウ甲州』が出たばかりの頃には「甲州なのに、リースリングのようだ。」というコメントをあちこちで耳にし散見したからです*1。小生も当時はそのような感想で、周辺では驚きを持ってドイツの甲州が迎え入れられたのを憶えています。
私が思うにフランク・ショーンレーバー氏を始めとする彼らショーンレーバー・ブリュームライン家のコンセプトは、冷涼な気候の中で時間をかけて完熟させてその果実の風味を丹念に織り込んでいくことにあると見受けます。実際に、醸造においては奇をてらう様な事をせず、甲州リースリング、それぞれの品種の面持ちが素直に表現されています。特に、甲州に関してはその特性を踏まえ、

  • 控えめなアルコールと苦味
  • ボディー豊かなハーモニーの取れたワイン
    (いずれも、この日提示されたインポーター側のスライド資料による。)

という信条の下、

  • 収穫量の制限:最大1,000kg/10aとし、畑で凝縮させる。
  • 低温醸造:果実感(フルーティーさ)を重視。
  • 適正な残糖度:適度な余韻と口当たりの良さを演出。

と、栽培・醸造面共基礎的な所での取り組みに重点を置いています。従って、果汁の濃縮は勿論のこと、過去にも記した様に樽やシュール・リー、昨今流行の柑橘香での演出といったテクニックに阿ることは施してません。スレンダーだけど、ふくよかさのあるスタイルのワインです。
ただ、彼らにとって甲州という品種は未知なところもあるが故、仕上げ方の細かい点に若干の逡巡があったことを当日のスライド資料を見て初めて知りました。’05年から’07年産にかけては、残糖度を低くし・アルコール度と酸度を高めに持って行ってどちらかというと「辛口で・強いワイン」を志向した仕上がりへシフトしていましたが、’08・’09年産では酸度を維持しつつ、アルコール度は低めへ・残糖度は元のやや高め(といっても、辛口のレベルの範疇であって中口や薄甘口では無い。念のため。)の「しなやかで・優しいワイン」へと変貌を遂げてます。また、'05年物では若木であることから溌剌とした感がありましたが、’08・’09年と味に落ち着きが出てきています。
ちなみに、酸度があった’08年物では1年前では若干物足りなさを感じましたが、今では熟成で複雑味を増し風味が豊かになってます。好みの問題ですがこの時点で比較すると、残糖があり飲みやすさを求めるのでしたら’09年、複雑味と熟成による深みを求めるのなら’08年産をお薦めします。
○『Kisvin甲州(2009)』『甲州ドライ(2007)
一方、こちらは山梨の甲州です。前者は荻原康弘氏と池川仁氏が塩山と甲府とでワイン用に栽培している甲州種を用い、醸造責任者の井島正義氏が特別に仕込んだスペシャルワイン。後者は、一般の農家さんからの原料を用いてのレギュラークラスのワインです。
『Kisvin甲州』に関しては、ワイン用に特化した甲州の可能性を探るという意味で、栽培では遮光の傘を一部かけたり、醸造ではタンク発酵と樽発酵に分けたりと様々なトライアルを試みています。また、樽物では発酵後も樽の中で熟成を施していますが、果実の風味を重視して樽の香味を抑えるために熟成はごく短い期間(約2ヶ月)に留めてます。
過熱する日本の夏季の気候では、ドイツのように11月中旬まで収穫を伸ばすようなことはナンセンスなのでそこまでは引っ張ってませんが、近年の甲州種ワインでは比較的遅めの10月初旬に収穫しています。(所謂、「きいろ香」系のワインは早取りにすることが多く、最近では早期収穫が主流となっている。)
一方、『甲州ドライ』はシンプルな造りに徹しています。ベーシックなラインの甲州では、シュール・リーにより酵母の澱から抽出される旨味で厚みを醸し出すことを各メーカーで多く取り入れてます。ただその場合、ややもすると酵母による味がブドウの風味をマスキングしてしまいます。そうした技法をとらず、甲州種に特有な繊細な果実の風味を活かす仕上がりになっているのが、このワインの特徴です。
甲州種の可能性をとことん追求する」ことから、『Kisvin甲州』は先鋭的位置づけで様々な試みをしていますが、果実のポテンシャルを引き出すことに重点を置き、醸造面のテクニカルさを前面に押し出すような志向とは縁遠いワインです。故に、果実由来の他に比類なきヴォリューム感のある飲み味です。だから、れっきとした甲州の味なのに、味の方向性は違いますが『ラインガウ甲州』と同様、「甲州じゃない」という声をこのワインでもよく聴きます。(苦笑)それだけ、世間一般の甲州とは特異的な存在なのでしょう。その点、レギュラークラスの『甲州ドライ』は馴染みのある風味ですが、素直に果実の風味が生きているだけでなく程好く飲み応えがあります。コストパフォーマンスに優れた、普段飲みにお薦めの逸品です。
付け加えると『ラインガウ甲州』もそうですが、これらのワインも華美な薫りだけが浮ついている様なことも無いので、そうした点にも好感が持てます。
○まとめ
海外と比べワインの歴史が浅い日本では、外国のワインを参考にワイン造りが進められて来ました。そんなことから、自国の品種によるワインでも、異なる品種を原料にした海外の有名なワインを参考にして試行錯誤してきたことは否めません。従って、ミュスカデの如くシュール・リーによって厚みを持たせたり、シャルドネの様に樽で複雑味を増すようにするなどしてきましたが、ミュスカデやシャルドネの幻影を追い過ぎた結果、テクニックに走ってシュール・リーに拠る酵母由来の味や樽香が過度につけ過ぎたりする等、ややもすると『シャルドネもどき』『ミュスカデの二番煎じ』的な、甲州種のアイデンティティーを何処かに置いて来てしまい魂が抜けた(?)傾向に陥った時期があったのが正直なところです。(厳しいようですが、小生の正直な所感。)その後、「きいろ香」に代表されるような柑橘系の薫りが注目されましたが、その「薫り」だけ・・がクローズアップされたことも否めません。(薫りだけが強調され過ぎる嫌いのある、バランスの欠いたのも有ったりします。)
そうした中、畑からテコ入れし・ブドウのポテンシャルを積み上げていく「王道」の思想から出来た甲州種のワインが、ようやく現実の物となってドイツ産と日本(山梨)産のが並び立つようになったことは感慨深いものがあります。
ラインガウとKisvin、味の嗜好が個々人で異なるようにワインの志向に関する方向性の違いがテイストの演出の違いとなって現れていますが、表現の仕方は異なれど、丹念に織り込まれた絹織物の着物のような・派手さは無くとも優美でふくよかな果実の風味が基調である甲州種の基本的なティピシエ(特質)は共に根底にあります。また、果実のもつ資質を余すところ無く表現する点でコンセプトは共通しています。
甲州の有り様を問題提起しただけで無く、今後の指標を提示したこれらのワインを頂き、改めて「畑からワインを造りあげる」基本を再確認した夜でした。
○関連記事
前略、盆略様へ、そして日本のワインが好きな皆様へ、、、(2006年12月4日小生過去記事)
甲州種ワインに関する私見のまとめです。

*1:当時の感想については、2006年11月12日小生記事と、2007年5月2日小生記事を。