東北のワインを語る夕べ・第1部

まずは、講師の山本博氏・岸平典子社長ご両名による解説の書き起こしです。(Blog掲載用に内容は編集した上で掲載してます。)
東北のワインの概要(解説:山本博氏)
○日本のワインの歴史
明治期に山梨・兵庫(播州葡萄園)と北海道が、政府の後押しによりブドウとワインの生産拠点として梃入れされた。
その後、甘味果実酒用原料葡萄の供給地として着目された産地=大阪・塩尻・愛知等。
(これらの産地は、神谷傳兵衛の「蜂印香竄葡萄酒」*1鳥井信治郎の「赤玉ポートワイン*2等の、甘味果実酒用の原料としてブドウを大量に生産した。)
東北・特に山形も、こうした産地の一つとして位置づけられた。
○寒冷地東北における果樹栽培
青森のリンゴ・山形のサクランボ=主要産業
近年、温暖化が叫ばれているが、暑さ(九州・都農)・寒さ(北海道)の厳しい状況にも関わらず、山梨以外の所にて専用種が栽培されている。
温暖化現象は単純なものではなく、地球の長期的な気候変動サイクルにおける一部分の出来事かもしれない。(本当に「温暖化」だけなのか?「寒冷化」もありうるかもしれない。)山梨では温暖化現象に拠るものでは無く「ヒートアイランド現象」に拠るものが大きいと考えられる。
→他県の気候をよく検証した上で、従来の見地にとらわれず山梨は葡萄の品種を考えるべき。
山形県の特殊的地位
東北の中でも、山形県はブドウ栽培が特に盛んである。
江戸の頃に甲州*3が甲斐の国からもたらされたことに始まり、明治期のデラウェアの導入、甘味果実酒の原料供給地や、桔梗ヶ原(長野・塩尻)のメルロのルーツ?*4等、ブドウ栽培の歴史が長い。
日本ワインの源流を造った、「四大爺さん」の一人が山形に在住。=武田重信氏(前タケダワイナリー社長・現会長)*5
このように、山形は東北のブドウ・ワインの歴史で特筆すべき点がある。
○各県の現状
青森県:ニッカのシードル、下北半島の「下北ワイン」(サンマモルワイナリー・本州最北端)。
秋田県:『大森リースリング』(メルシャン)、「十和田ワイン」(マルコー食品工業)。
岩手県:エーデルワイン(サントリーの技術陣を招聘=リースリング・リオンを導入。オーストリアとの提携=ツヴァイゲルトレーベ。)、葛巻高原食品加工紫波フルーツパーク五枚橋ワイナリー、岩手缶詰岩手町工場。
宮城県:桔梗長兵衛商店
山形県:タケダワイナリー、高畠ワイン(鹿児島の本坊酒造系列)、赤湯の四ワイナリー(佐藤ぶどう酒須藤ぶどう酒工場大浦ぶどう酒酒井ワイナリー)、浜田(モンサンワイン。日本酒「沖正宗」の製造も手掛ける酒造会社。)、天童ワイン朝日町ワイン月山ワイン山ぶどう研究所(JA庄内たがわ)、月山トラヤワイナリー。ワイナリーが東北一多い。
福島県:「北会津ワイン」(大竹ぶどう園)、「ワイン工房あいづ」(ホンダワイナリー
現場で感じる東北のワイン(解説:岸平典子社長)
○タケダワイナリーの概要
4代前の武田猪之助が果樹栽培農家を興したことが起源。
先々代(武田重三郎・現当主の祖父。)が、ワイン事業を興し、周辺に農地の面積を拡げた。
→自社畑=15ha(大手除く中堅では2番目の面積・東南斜面)
殆どが、全て欧州系専用種で、樹齢70年超えの古木も存在(ベリーA)。
○地場の在来品種について
最近は在来品種(山形ではデラウェアとマスカット・ベーリーA)の存在意義を問い直している*6
産地の振興として、専用種では栽培が難しいのを無理強いするよりは、まずは農家が栽培しやすい品種で地域の資源を生かしたい。ラブラスカではという先入観を翻す様なのを造る事で、恩返しになる。
山梨で甲州が見直されていることについて。
→在来の品種に光を当てる意味で良い事。
○何故、コンクールに出さないのか?
「形に嵌められる事」に対することの懸念
→土地・風土の個性を表現する事と、コンクール受けするワインとは相いれないと考えている。
○山形の気候・地勢
冬季、初雪が来る前に剪定をしなければならない。
(棚がつぶれることもある)
しかし、雪が保温の役割を果たし、土中の微生物の活動を支える。
夏季は熱いが、夜温は下る。
年間1200mm(その内、雪は300〜400mm)程度。→生育期間は800mmとなる。
上山は基本的に蔵王連峰の火山灰が粘土質の上に降り積もった地質。
→酸性土壌でミネラルが少ない。
→先代(重信氏)による地道な土壌改良。
微生物の働きが活発で、地温が高く段粒構造の土質を造り上げる。
→水はけが良く、雪解けが速い。
○典子社長の思想
土地の個性を引き出すために、人為的なことをあまり加えない。そのために、生命の循環をもたらすような栽培環境を整える。
(基本的には、農業は人為的な環境であることから、土地の風土を再現するためには自然の循環を重視し、有機的な集合体による環境を出来るだけ造り出す。)
「私は決してビオディナミストでは無いし、福岡教でもありません。」
「必要とあれば、化学農薬も使います。」とのこと。
→その土地に産まれた者が土地の事を良く知っている。ビオディナミ福岡正信の自然農法の理論がその土地の事を知る訳でも無く、そこにこだわってしまうと土地の風土を表現する本来の目的から逸脱する。


山形で産まれ、その土地を愛している。自分の知っている土地に根ざしたものを積み上げて行く。
→一日では出来ないし、代々受け継がれるもの。
但し、時代が変われば、新しいものの良い所は取り入れる。
→歴史の中で日々の営みや生活も変わることもあることから必要。ただ、暮らしの根本は一緒。

*1:茨城県牛久市シャトーカミヤ。現在はオエノングループの一企業。

*2:大阪の壽屋、現在はサントリーによる。商標の問題で、現在は「赤玉スイートワイン」と変更されている。

*3:現在の南陽市赤湯が山形ブドウ栽培の発祥の地とされている。甲州流入の経緯については、後日山形視察の記録にて触れたいと思います。

*4:林農園の林五一翁が原木としたのが、赤湯に植えられていたとされるメルロの枝で、視察旅行の際に持って帰ったらしい。

*5:他三人は、秩父ワインの浅見源作、サドヤの今井友之助、そして前述の林農園の林五一。

*6:山形はデラの栽培面積が全国でNo.1で、栽培100年の歴史がある。農林水産省・生産局生産流通振興課、「平成20年産特産果樹生産動態等調査」によると、1165.8haの栽培面積、全国2位は山梨県の744.5ha。