文章にすることが改めて大切だと感じる。

先日の記事で、ぶどう栽培・ワイン醸造に従事、もしくはこれから生業にしようと志す人々へ向けて、ベースとなる一般論としての知識を養うための書籍を紹介させて頂きました。

okkuu-daaman.hatenablog.jp

こうして記事として投稿しますと、「本(書籍)」というヒトへ物事を伝える媒体が、たとえ使い古されたものであっても、まだまだ必要なものだと感じております。

文章にして書籍化すると云うことは、人が、周りから感じ取り頭の中で考えていることを、単に喋りことばで伝えたり映像(写真、動画)に仕上げたりするよりも、個別具体的なものから一旦抽象化して掘り下げ一般的な概念に落とし込むので、より多くの人々に通念として理解出来るように変換出来ます。

つまり、個別具体論では事例が多く特有の事柄が出てしまうので、特定の場面でのみ当てはまるとかココロの一部にしか刺さらなかったりするのに対し、一般論とすることでベースとなる知識を養えることに繋がりより本質的な理解への助けとなります。

ネットではこうした文章化したのを伝えるには、一世風靡したBlogや今ではnoteのような媒体がありますが、広く人口に膾炙しようとするのならやはり書籍に一日の長がございます。だから、ネットの発達でSNSYouTubeでコミュニケーションが活発になり、その存在が大きくなっても、書籍が失われないのはそんな所にあるのかと、私は考えております。


で、9月4日の記事でちょこっと紹介させて頂いた、久松達央さんの新刊は、農業の「中の人」やこれから志そうとする人はもちろんのこと、一般の方々に広く読んで頂きたい。

なんやかんやで、人間食いもん食べんと生きて行かれへんのですが、何でも有りの現代、農産物に関しては食べて消費されるトコと生業として造られてるトコの距離は物理的なもの以上に遠ざかり、テキトーな憶測と、メディア(オールドメディアだけでは無くネット上の新しいメディアも)では摘み食いの情報が一人歩きし、有意義なお話はこうしたものの断片の中に埋もれてしまう始末…。

そんな訳で、「農業」というのがかなりイメージ化して、まるで見て来たかの様にありもしないコトを実態としてしまうのには違和感があります。

それは、よくあるワインに関するまことしやかな風説が拡がるのと一緒です。
私が以前このBlogで、過去日本ワインの現場へ足繁く通い、メディアで伝え切れないことを書いて来た動機はそこに有ります。

必要なものあるいは無くてはならないものと認識していても、それを勝手に抱いたイメージの下で「あるべき論」を語られては、「釈迦に説法」です。

そこに、「良い意味で冷や水浴びせてくれる(笑)」こちらの書籍。
かの記事でも、「頭冷やすのに最適な一冊」と挙げましたように、悶々とした時にでも如何でしょうか。

農業のあり様を率直に綴っただけで無く、(人生論と云うとオーバーですが・多分そういうと著者に「そんなに大層にせんとって欲しい」と突っ込まれそう・笑)自分のこれからに悩んでる人にもお薦め。