(書評)自然の営みと人間の叡智が織り成す「様式美」の結晶と、それを取り巻く歴史と真理と「欲望の心」を余す所無く描いた最良の書〜『ワインの個性』

ワインの個性ちょうど夏休みが終わり、子供たちは「あー、また学校かぁ」と苦笑いしつつ学校に通いだしていることでしょう。終盤間際にヤッツケ仕事して宿題終わらせたのも今は昔(と、言っても今は仕事に追われているだけでなんら変わりない? 汗)ですが、良くあったのが植物(例えば、アサガオとか)の観察日記なのは読者の皆様も思い当たる節があるかと思います。
最初は、漠然とやり始めていてもいつの間にか夢中になり、綺麗な花を咲かせようと努力する訳です。しかし、そのためにはちゃんとした『教科書』(決して単純に学校のそれでは無い)探して調べ、試行錯誤しながら育てて行き、時には枯らしたり等悲しみや絶望感も味わうこともあります。しかし、文字通り「花開いた」時の美しさへの感動と手を掛けた甲斐は何者にも得がたいものではないのでしょうか?
そういった、身近な例に漏れずわれわれ人間が手がけ産み出すものに対する想いは、商農工関係無く通念として感じられ、時として先鋭的かつピュアな要素が突出したものへの憧れが少なからずとも心の中に存在するはずでしょう。(自転車や登山、そしてサッカー等のスポーツなんかそういうのが分かりやすく現れますよね。)
とはいえ、最初は取っ掛かりも無くがむしゃらにやる訳ですが、その最初での出遭い方で後の行方を大きく左右したり途中でも思わぬ運命に左右され憧れへの到達は極々限られたものに、いや実際には到達すらおぼつかないことが大多数であり、現実です。
本書は、そういった人間を魅了してやまないものの一つ、『ワイン』にスポットを当てさまざまな角度(科学・経済・哲学etc.、、、)からのその存在を詳らかに解説し、ワインが時として人間に刻み込む『心の襞』を淡々と描いてます。
そのためには、現時点での客観的事実を理解し正しく記述しない限り個人的な随想・即ち単なる散文の羅列である「エッセイ」になる危険性と、専門的な内容に偏りすぎ「技術の専門書」として難解になりかえって人の心を掴めない無味乾燥性を可能な限り露見させない『二律背反』(それも、単純に字句通りのではなく『アンビバレンツ』さも包含した)な記述を要求されます。しかし、著者の堀賢一氏は業界専門誌で有名な「WANDS」のコラム執筆から漫画「ソムリエ」「ソムリエール」の監修まで行う懐の広さを有するワイン界(というか、高度に専門化・細分化が進んだどの分野でもそうですが)で数少ない総合的かつ深掘りした観点での知見を持つ識者だと小生は考えてます。(実際、そういう声は多いのではないのでしょうか? 出色なのは、ワイン界にいまだに蔓延る間違った通説を最新の情報を元に指摘し、なおかつ現時点での学術的見解を噛み砕いて説明していることです。
単なる「珠玉の本」では無く、歴史と最新情勢(とかく情報が氾濫しがちなこのご時世にあっても、実際はバイアス掛かったり埋もれたりして見えないことが多い)をふんだんに盛り込み、それでいて敷居の高さを見せない包容力。貴重な情報源以上の存在価値を示す良い手本で、所謂ワイン本では無く総合的に出版物としても立派な基準である必携の書です。
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堀賢一氏のコラム集「ワインの個性」(「ドリンク&ワイン : YOMIURI ONLINE」より)