日本ワインの未来と食文化を担う斬新な造り手〜東御市に誕生したRue de Vin訪問

もしも、
「日本でこれからの産地のあり方の行方を占う試金石となる場所は何処か?」
と問われたら、小生は真っ先に上田・小諸・佐久等で構成されている長野県・東信地域とズバリ答えるでしょう。既に、マンズさんの小諸ワイナリーやメルシャンさんのマリコ・ヴィンヤード等の大手系が進出していたり、あるいはマイクロワイナリーとして、東御市のご存知ヴィラデスト・ガーデンファームアンドワイナリーさん(2008年4月19日訪問)が実績を挙げておられます。
東信地域が注目を浴びている理由は、上記ヴィラデストさんの訪問記で記してますが、2008年11月には、東御市にて地域活性化ワイン特区(構造改革特別区)計画の認可が下り、自治体のバックアップによる、本腰を入れて果実酒産地として名乗りを上げて行く体制が整いつつあります。この好機に、自らのキャリアを賭け・実力で持ってワイナリーを一から立ち上げたのが、今回の訪問記に登場しますRue de Vinの小山英明氏です。
小山氏は、かつては山梨のワイナリーを経て、信州・安曇野あづみアップルさんに所属。その後、自らの思い描くワイナリー像を具現化すべく独立し、荒廃して行く有休農地の増加を憂い再生を目指そうと云うビジョンを描いて東御市永井農場さんとタッグを組みワイナリー設立を開始しました。2006年春の出来事です。
氏があづみアップルさんに所属していた当時には、銘作の誉れ高いソーヴィニョン・ブランのワインが誕生し、心ある人々はその業績に拍手を送ってます。小生も、氏が手がけた最後期のワインを頂いた事がありましたが、現在日本で1・2を争うソーヴィニョン・ブランのワイン丸藤さんとシャトレーゼ勝沼ワイナリーさん)に先駆けた存在として記憶に残っています。*1
独立を決意してからは、ひたすら廃園となったリンゴ園の跡を開墾。出来る範囲からブドウを植栽。企業体力を考慮しつつ、年を追って3haの規模までこつこつ拡大。現在は目下の目標である自前の醸造場建設に力を注いでます。栽培中の品種*2は下記の通りです。

その畑は左の写真の様に、右手に車山・左手に蓼科山をはじめとする八ヶ岳連峰を眺めることが出来る素敵なロケーションです。*3 しかし、開墾前は、想像出来ないと率直に認めざる得ませんでしたが、一面森と雑草の生い茂る荒野だったのです。かつては、養蚕が盛んであったこの地域では桑畑が主な産業でしたが、換金作物としてリンゴに着目し品目を転換。170haの規模を持つリンゴ畑団地として隆盛を誇っていたものの、他産地の興隆(特に、リンゴは青森が日本一の規模となりました。)や果物を食する人が減少している現実がこの地を襲い、今ではたったの7軒が細々と営むのみまで衰退してしまいました。*4 そして、その結果が、耕作放棄地の増加に繋がっているのです。
右の写真は、耕作放棄されたリンゴ畑の実態です。小山氏によるとこの土地は幾分ましな状態であるとのこと。まだ樹を誘引するためのワイヤーを張るポールが残骸として残っていて平地の状態を保っていますが、奥に見える林の手前に生い茂っているオオブタクサの群落が進出しようとし、自然の猛威が容赦なく人工に開墾した土地を襲っています。もっとも、自然にとってはごく当たり前な事で、人工の畑が自然に帰って行くいわば「当たり前」の光景で、逆の考え方をすると人間が生きて行くために、ある意味エゴイスティックに自然を作り替えそれを維持して行くことが、文明的な生活を送るために必然であることが理解出来ます。
こうして実態を目の当たりにして改めて考えさせられるのは、農業を営むことはそもそも人間の文明的な営みの一部であり、自然の力を利用しつつも自然本来の生態系とは異なる園地を開拓して、自然界に無い作物を植えて育成し、その恵みを享受すると云う当たり前の真実です。この事を理解した上でないと単純に農薬や化学肥料に完全に依存した「慣行農法」か、単に自然の勢いに任せるだけの「無為自然農法」の両極端に振れるだけで、経済的に成立させつつ持続的に発展させて行くといった「理知的なアプローチ」が無視されてしまいます。つまり、コストを必要以上に賭けずになおかつ生計を維持が可能な様に作物の恵みを受けることが、何よりも人間的に生きて行く上で最優先させるべき事なのです。
上記の様な考えの下、小山氏は従来の慣行農法で取られる薬漬けの農業でも無く、さりとてビオディナミ無為自然農法の様に自然に同化させて行く事でも無い、両極端な姿勢を盲目的に取り入れるようなことはしておりません。*5 自然の摂理を上手に取り入れつつ、時として薬剤や化成肥料・ミネラル分の補給を必要に応じて最小限行い、特別な事を施すのでは無くブドウ主体で成育するのを手助けすることを重視しております。そして、自身の理解出来る範囲で理論的に解明出来ている事を取り入れる方針を取り、真の意味で「人間的な」農業によってブドウを栽培してそのポテンシャルを忠実にワインに反映させる事を目指しています。
こうして見ると、日本のワインの歴史は、最初の世代では有り余る生食用のブドウからとりあえずワインを造る、そして次の世代(第二世代)では日本で原料用のブドウを栽培することに意義を見いだすと云った過程を経ていますが、これからは原料は自前で生産して当たり前でブドウとワインの実力そのものが問われる時代に入って来たのは間違いないでしょう。そして、小山氏はそうした第三世代の造り手の代表選手と称して過言ではありません。
醸造に関しては、近隣のヴィラデストさんに委託されていますが、2007年に収穫されたシャルドネが試験的にワインとしてリリースされ、今年になり2008年収穫のワインを発売開始されました。基本的には栽培と醸造に徹する方針ですので、現在のところ直販は無し。立地している地元を優先して有志となるお酒屋さんと提携されてます。もちろん、畑のある東信を中心とした長野の地があってこそのワイナリーですので当然の事です。そして、県外に関しては海外のワインに精通し信頼の置ける小売店さんのみと契約されています。これも、企業規模に見合ったごく限られた販路とし、クオリティーを維持しつつ様々なお客様の声を聴く事の出来る優良な酒販店と提携されることで対話を図り内に篭る事無く、海外のワインと対等に勝負するという明確かつ曇りのない方針を取られています。よって、商売の事しか頭に無い人や半可ワイン通が「お遊び」で訪れるワイナリーではありません。この点だけは、敢えて明記しておきます。*6
文字通り、東御にて「地に足をつけた」歩みで、お客さんと直に接する事が出来る酒屋さんとの連携でワインの普及を図り、日常の食卓にワインがある生活の浸透を目指して行く志を持って日々ブドウとワイン造りに勤しむ小山氏。小生がこれまで肌で感じごく普通に繰り広げられて来た「当たり前の光景」が、本当に日本に根付くことを願うことを信じて邁進して行く姿勢と明晰な論理に裏打ちされたスタンスで取り組むRue de Vin。きっと、将来日本のワインをリードする存在となるかもしれません。
(今回の訪問では、小山英明様に色々とお世話になりました。この場を借りて改めて御礼申し上げます。本当に有り難うございました。)
○関連記事
農業バブルに思う
(「いちぐう|地域と人のドキュメンタリーサイト」、2009年5月21日記事より。)

*1:小生が懇意にしてます某酒屋さんの若旦那のイチ押しでもありました。

*2:ちなみに小山氏の好みの品種はローヌ・南仏系のグルナッシュ、ルーサンヌ&マルサンヌ(特に、エルミタージュのクラシカルなスタイルを愛でています。)、ヴィオニエです。最近はメジャーな産地だけがやたらクローズアップされるためか、個性丸出しであるエルミタージュのクラシカルなルーサンヌ&マルサンヌ(これは、二個イチで実力を発揮する!)のワインが入手しにくくなっていることを残念がっておられました。小生もその点はまったくもって同意。

*3:ブドウさんも、伸び伸びと育ってくれる所だと感じます。

*4:大規模米作にて一時期脚光を浴び、減反政策に翻弄された大潟村の事例と重なるものがあります。

*5:この点に関しての理解を深めるには、2006年7月21日の小生記事にて取り上げた、松永和紀著『踊る「食の安全」〜農薬から見える日本の食卓』(家の光協会:刊)をご覧下さい。農業や食を理解する上で必読の書籍の一つです。

*6:むしろ、曇りの無い真摯なワイン初心者こそが、自らの足で訪れて欲しいと小生は思います。もちろん、前提条件として礼儀と農繁期を避けるというマナーをわきまえた上での事です。