道産ワインの新たな境地を開拓するつつましやかな御夫婦〜中澤農園(Nakazawa Vineyard)さん訪問

札幌から自転車で約50km(直線距離で約30km)、時間にして2時間半程になる岩見沢近郊の栗沢町に夫婦でワイン用ブドウ専業農家を営むのが中澤農園(Nakazawa Vineyard)さん。町の東側の山手に南斜面の丘が拡がり、そこにブドウ農場が開拓されています。その農場からは、広大な石狩平野を望むことが出来、とても開放的な環境です。
もともと東京にてサラリーマンとして働いていた中澤御夫妻は農業への憧れから、考えに考えを重ねた上新規就農を決意。就農に関して比較的受け入れが容易な北海道に狙いを定めて移住することになりました。
そうした中、手を差し伸べて下さったのがかの北海道ワインさん(2007年8月2日記事参照)。1996年に就業後、ワイン用ブドウ栽培のノウハウを積み重ねワインの魅力に開眼し、思う所あって独立後2002年に農場を開園。以来、縁あってココ・ファームワイナリーさん(2006年8月3日記事2008年5月24日記事参照)と一心同体との取り組みに賛同し、北海道のワインの新たな可能性を模索しつつワイン造りに関しても意見交換を重ね、昨年に栗沢ブランを初リリースしました。(現在は、2007年産が発売されています。)
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(追記)
内容の一部に関して誤記がありましたので訂正しました。ご指摘を頂き有り難うございました。小生の不手際があったことに対しお詫び申し上げます。(2008.8.5.記)
農場は4.6ha(東京ドームと同じくらいの面積)で全て御夫妻所有の土地となっており(北海道では賃貸より土地所有でも充分ペイ出来ることが、本州には無い魅力です。)、現在2.7haに植栽中で、化学合成肥料による施肥は行わず堆肥等は必要最小限使用し、草生栽培を取ってます。また、農薬はボルドー液や石灰硫黄合剤主体ですが、ユニークなのがBT剤という微生物殺虫剤を応用していること。(リンク先は農薬工業会Webページ「農薬コラム|防除の文明史」より)出来るだけ環境負荷の小さい、省資源農業を実践しています。主な品種は、グラウブルグンダー(ピノ・グリ)、ゲヴュルツ・トラミネール、ケルナー、シルヴァーナの4種で、試栽でシュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)やオーセロワ(アルザスで多く植えられている白ブドウの一つ。)、ソーヴィニョン・ブラン等も植え付けています。
この品種構成に関しては、フランスのアルザス地方にて栽培されているものと重なりますが、御夫妻の話によると流石にそこまでは意識しておらず偶然であるとの弁。むしろ北海道ワインさんでの修業時代に携わっていた程なく近い三笠の試験栽培場(山崎ワイナリーさんの所在地の近く。現在は鶴沼に統合済み。)での経験を生かし、既存の道内ワイナリーと棲み分けを図りつつこの近辺の気候にて栽培の可能性がある品種を選抜した結果が今の構成に繋がっているのです。それぞれの品種について、旦那様の中澤一行氏のコメントを交えながら解説したいと思います。

  • ゲヴェルツ・トラミネール



昨年の鶴沼訪問時に今村直氏から教えて頂いたのですが、葉が密生し右の写真でも分かるように房が小さく実の数も少ないので収量を上げるのが難しい品種ですが、「新梢が直立しやすく、管理や誘引がしやすいのでまだ楽な方。」(一行氏談)だそうです。
一行氏によりますと、まだ樹齢が若いせいか特徴のあるライチや香水の薫りがハッキリと出ていないそうですが、小生はこれまでは樹が落ち着くまでの助走期間と考えているので、今後品種特性がこの栗沢の地で如何に現れるかが楽しみです。

  • グラウブルグンダー(独逸名、仏蘭西名ではピノ・グリ)



かの高貴品種ピノ・ノワール(独逸名ではシュペートブルグンダー)から突然変異により産まれた赤紫色の果皮を有するピノ系一族の品種で、日本では他にKidoワイナリーさんが栽培しています。(2007年10月28日記事参照)
シュペートブルグンダーと同様、小さな粒が松かさの如く密着した房になるので花カスが溜まりやすく、しかもデリケートな果実です。また新梢管理を怠ると、左右に倒伏したり樹勢コントロールが難しい等とても厄介です。(一行氏談。この辺は小生再三お手伝いに伺っているゴブレットのピノ・ノワールの栽培で痛感しています。)
北海道ならではの問題は、同じ系列のブドウでもシュペートブルグンダーが早熟系なのに対しグラウブルグンダーは晩熟系(昨年のケースだと、ゲヴェルツが10月11日だったのに対し、10日後の21日。)であること。遅霜との戦いもあり、おまけに日照量や温度の日較差等諸条件によっては着色や熟度で物足りないときも見受けられるとのことですが、スイートポテトの様な独特のホッコリしたヴォリューム感とそこはかとない甘味といった他のブドウにはない特色を持っているだけに、模索中の栽培方法が確立出来れば今後農園の大黒柱になり得るでしょう。

  • ケルナー



栗沢の地を含め、北海道では比較的栽培が容易でかつポピュラーな品種。一応安全牌として植えたとのことですが、一行氏によりますと余市とはまた違った個性が出ていて面白いとのこと。実際に植えてみて予想出来なかった功の面が現れてきたことから今後もじっくりと腰を据えて取り組みたいそうです。
一つ問題があるとすればベト病に罹患しやすいとのことですが、防除さえ怠らなければあとはさほど困難ではないそうです。

  • シルヴァーナ



シャープな酸味が特徴的な独逸系の白ブドウですが、それ以外は際立った特徴が無く風味も平凡な傾向にあることからドイツでも栽培面積を減らしつつあります。北海道では熟しにくく酸が多過ぎるのが難点で、2006年物ではアクセントとして酸味を加える意味から多くの比率をアッサンブラージュしていましたが、今年発売の2007年産では減らしています。

  • その他

上記のように、ピノ・ノワールやオーセロワ、ソーヴィニョン・ブラン等が栽培されていますが、実地で栽培してどうなるかを自身の目で確認した上で栽培する品種を今後も選択肢として取って行きたいと言う方針から、他の品種も含め試栽も出来る限り積極的にトライアルしています。今は、白ブドウ一本で勝負していますが、やはり赤はピノ・ノワールに魅かれるそうで、しかも北海道では可能性を持っていることからもいつかはラインナップに加えて行きたいそうです。

さて、本日はリリースされたばかりの2007年ミレジムの栗沢ブランを頂くことが出来ました。美しい淡黄色の色彩で、今回のはグラウブルグンダーやゲヴェルツ・トラミネールが主体のアッサンブラージュになったことで、程良いコクとヴォリューム感があってワインに厚みと奥行きをもたらしています。前のミレジムでは多い割合であったシルヴァーナは脇役となってますが、酸味の元となって、アクセント役としてワインの表情を豊かにするのに一役買っています。オレンジピールの様な薫りに続き、香水の様な薫りが漂い、グラウブルグンダー独特のスイートポテトや焼き芋の様な豊かな風味があって2006年物よりも小生は好みです。(写真でも分かるように、エチケットのデザインが素敵やなぁと思います。)
<総論>
独立して農園を営みながら既存のワイナリーとタッグを組み独自のワインを創出するという例は同じ道内の松原農園さん(2007年8月3日記事参照)に引き続き二例目ですが、自社畑主体・契約主体でもない第三の形態として今後の農家とワイナリーの共存共栄のあり方を問いつつ、実績を出したことは先鞭をつけた松原農園さんと共に日本のワイン界にとって一つの光明とも言えますし(両者とも勤勉な方々ですが、変な気負いを持っていなかったことが功を奏している。)、実行に移して以来20年近くかけてここまで漕ぎ着けた行動力は賞賛ものです。また、日本の白ワインでは珍しい単一品種ではなくアッサンブラージュによって独自のワインを醸し出した例はこれまで殆ど見られず、白ワインでは高貴品種のシャルドネに拘りがちな日本のワイン愛好者達に一石を投じたのも意義深い事と小生は考察しています。
決して甘い話ではない新規就農ですが(ましてや、気候の厳しい北海道では尚更です。)、ここまでの道程で様々な人々の有形無形の支えがあったからで、中でも松原農園さんと中澤農園さんを共に陰ながら支えた北海道ワインさんの存在は両者にとって言葉では表わし切れない特別な存在であるようです。また、中澤さんの場合はココ・ファームさんとの出逢いがなければ決してここまで歩むことが出来なかったと思います。
北海道ワインの可能性を独自のアプローチで模索し続ける中澤さんの“開拓者”精神。これからもまた新しい試みを世に問い、御夫妻が純朴に求める「美味しいワイン」がどのような形で完成されて行くか? 「こころみ」のスピリットに共感してタッグを組むココ・ファームさんとでいい意味で「日本のワイン界」を掻き回しつつ、その行方をじっくりと見守らなければとひしひしと感じた一日でした。
(中澤様、この度は本当にありがとうございました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。)
(本日の行程)
札幌(札幌国際YH、7時発)→国道274号道道3号→道道45号→栗沢町(休憩込みで約2時間半)→農園訪問(10時から12時)→国道12号→札幌(札幌国際YH、14時40分着。休憩込みで約2時間40分)
走行距離:自転車のメーターにて計測で約90km
以上です。
○関連記事
Nakazawa Vineyard訪問
(相互リンクさせて頂いている、「イタリアと北海道のワイン帳」の2007年9月23日記事です。)