(書評)『踊る「食の安全」〜農薬から見える日本の食卓』を読んで

子供の頃、図鑑を読むのが好きで科学の話が出てきた時に、本の中で取り上げられる実験の数々がマジックのように思え驚かされたのと同時になぜそうなるかの記述を読んだ時、目から鱗が落ち納得した記憶が今でも鮮明に残ってます。
その、「なぜ・なに」に答えてくれる図鑑はとても面白かったし、そういう訳で小学校の理科の時間(特に、教育テレビの理科実験の番組を見るのが楽しかった。)が好きで、中学・高校に進んでからはその中でも良い先生に出逢えたという運もあって化学が最も得意でした。
一方、実は社会も大の得意科目で歴史や地理・公民といった項目も好きでした。そういう中で、歴史では公害などの話が出てきて頭を悩ませるのでした。
そういう訳で、科学の力を素朴に信じる一方で使い方を誤るととんでもないことになるのを痛感させられたと同時に、正しい知識を身に付けないとという意識と元来の知的好奇心とが相まって今の自分があると考察すると同時に、自分で足繁くワイナリーや農家を尋ねるようになったのはそういう所にあるのだと思います。また、そんな背景から知らず知らずのうちに自然の力に惹かれ山登りに傾倒するようになったのでしょう。
さて、小生は以前、『ポジティブリスト制度の施行、そしてビオロジーについて再び考える』というお題で、5月17日翌日の18日に記事を書きましたが、その後更なる理解を深めたいという所に今回取り上げた書籍がつい最近「FOOD SCIENCE」のサイトで紹介されていたので早速購入しました。
この本では著者(松永和紀氏)自身が後書きで、「自身も農薬は悪だと思い込んでいた。」と正直に語っているように、本来人間が自らの生活を人間的に豊かに(決して金銭的な面が全てではありません!)するために育まれた「科学」が高度な社会となるにつれ一人歩きして人知の及ばぬ所まで辿り着いてしまい、その結果存在そのものが誤解され「科学=悪」、あるいは余計に分からん事だらけにしてしまったという矛盾を抱え込むというケッタイな状況を余す所無く農薬という分野にターゲットを絞って丁寧に描いております。こうした理由から、農薬に関する「正しい科学的知識」に関しては持った上で使いこなすのは勿論の事、科学が本来持っていた素朴に「人々の心を豊かにしたい」という精神の下に農業を営む志の高い農家の姿を出来るだけ分かりやすく書いてます。
そういった志の高い農家は、昨今良く聞かれる『有機農法』とは一線を画すモノであり、「自然のモンやから何でもエエやろう」というロジックが欠落した『有機農法』では無く、思考を重ね真摯に自然と対峙しているのです。すなわち、ルートは違うけれど、真の『自然農法』(無駄な堆肥を殆ど用いず、自然素材由来であってもむやみに薬剤は頼らず科学的に立証され法律に則った薬剤しか使わない。自然のサイクルを上手く取り入れたりする。こういった人達も自然と論理的にかつ真摯に自然と対峙している。)と根本は一緒なのです。
こうした先鋭的な農家の試みは、既成概念や閉塞した考えの下では決して為し得なかった事だと思います。それよりも、人間と科学技術との関わり方を再考させられる上で、この本を手に取る事が出来たのは有意義であったと私は感じてます。