気鋭の若旦那が牽引車となって変革を遂げつつある地元御用達の老舗〜麻屋葡萄酒訪問

1921年(大正10年)創業以来、地元衆の皆さんに親しまれ続けている勝沼の中堅ワイナリーの一つが麻屋葡萄酒さんです。(ある知人の方曰く、消防団などの地元での集まりがお開きになった後での「二次会」にて愛飲されていたとのこと。)
等々力の交差点にワイナリーを構え、現在は4代目の若旦那・雨宮一樹氏が醸造を取り仕切っています。
さて、小生がこのワイナリーに注目していた訳ですが、山梨のワインに親しむ催しとして知られている甲斐Vinにも私自身何度か顔を出し、一般の人々がワインを味見して投票するメインイベントの『ワインセレクション』にて賞味して小生自身常に好印象を持っていたからです。*1この日、オプショナルツアーが設定され、訪問する機会が出来たので早速応募して今回ようやく訪問が実現しました。
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まずは、甲府盆地の東の端にあたる「鳥居平」*2にて麻屋さんに特上の甲州ブドウを出荷している萩浜園の萩原元氏のブドウ畑から見学です。萩原さんのブドウは麻屋さんのワイン用の中でも個別に仕込みを行っている、「特別醸造品」の原料として出荷されています。*3 棚栽培による甲州の樹の下で萩原氏による土作りから樹の手入れまで栽培に関しての様々なトピックスを説明され、皆さんが熱心に聴き入っていました。また、生食用のブドウ畑にも案内して頂き、今日のツアーのためにわざわざ残してくださったピッテロビアンコ(欧州系生食用品種)を振る舞って下さったりと親切な応対で参加者の方々も納得の表情でした。ツアーの参加者は普段ブドウ栽培の現場には接していない方々ばかりですので、自然相手の仕事の一端に少しでも触れてもらうことがツアーの趣旨の一つだっただけにその想いを参加者の皆さんがしみじみと受け止めておられた様です。
その後は、麻屋さんの所へ徒歩にて移動。旧街道を西へと進み等々力の交差点に居を構えるワイナリーにて一樹氏による醸造に関する事柄を中心に色々と説明を受けました。ワイナリー近くの試験園では甲州が棚式で、欧州系などのワイン専用品種(シャルドネ、プティ・ヴェルド、甲斐ノワールetc.)が一文字短梢(新短梢)式の仕立てで栽培されており、自身でもブドウ栽培に関して研究を行い、今後の可能性を探っています。また、先程の萩原氏のブドウのみを仕込んだタンクでは今年収穫分の発酵が行われており、発酵途中で酵母が盛んに活動し甘い薫りを漂わせている様子を観察することが出来ました。
そして、地下には瓶貯蔵庫(戦前に造られ、元はワインのタンクが設置されていた。)が建設されており6万本のワインが収蔵されています。
古くは1970年代の一升瓶に詰めた甲州種のワインが眠っていて、一部はブレンドされて『濃厚古酒』という銘柄の酒精強化(フォーティファイド)ワインとして販売されています。
一通りの案内が終わった後は、お待ちかねのテイスティング。今回は特別に6種の銘柄を頂くことが出来ました。いつものように頂いた順に振り返って小生なりの寸評を記します。
○『麻屋甲州シュール・リー 特別限定醸造No.1016(2006&2007)』
最初に見学した「萩浜園」さんの甲州ブドウを特別仕込みで醸造したものです。(エチケットにも銘が入っています。)
名称にあるナンバーはタンクの番号で、先程拝見させてもらったタンクがそうです。キリッとして腰の座った酸味が特徴的な2007年物に対し、1年熟成を経た2006年物は酸の角が取れてまろやかになりブドウの果実が持つ甘みがほのかに感じられ味に奥行きが出ています。
仕込みでは、発酵前にスキンコンタクトを行い、果皮の成分を抽出して旨みを出来るだけワインに取り込むようにしています。また、ブドウの出来もランクが上な事もあって後述するレギュラーの『シュールリー』よりも味に厚みがあります。(小売価格は1,785円。ワイナリー売店での直売価格は小売より安くなります。)
○『勝沼甲州シュールリー(2007)』
甲斐Vinでも評価が高いこの品物はレギュラー品。(小売価格は1,575円)味の奥行き・ボリュームは先の特別限定醸造品に軍配が上がりますが、果実の風味を損なわない程度のシュール・リーなので味が酵母由来のパンや出汁のような風味よりブドウ主体になっているところが小生が高評価する所以です。(他社さんのシュール・リーの中には勢い余って果実の風味が隠れてしまうのもあります。甲州は果実の風味を如何にワインに反映させるかが難しい代物で、とても繊細です。)
もちろん、果実の風味がより出ている特別品もお薦め(特に2006年物)ですがこちらも優れものです。麻屋さんの“カラー”を知るきっかけにもなった銘柄なのでちょっとこちらにも肩入れしたくなります。一樹氏のポリシーがよく分かるある意味ワイナリーの看板品でしょう。
○『麻屋シャルドネ(2006)』
笛吹市の契約農家さんが栽培しているシャルドネをフレンチオークにて樽発酵後、6ヶ月熟成したものです。ここにも「樽の風味よりも果実の風味を重視」する一樹氏の姿勢が垣間見えます。
気候条件等で酸が落ちやすい所にあるとは仰っていましたが、そんなことはなく柔らかな味わいの中にシャープでしっかりした酸味がちゃんと出ていて、アクセントになっています。まだ熟成途上なのでこれからの味の変化を楽しむに最適なお品です。
○『麻屋ルージュ・ベリーA 樽熟成(2007)』
以前のアッサンブラージュの会レポでも紹介した『花鳥風月』シリーズの一つです。最近多くなった「強めの成分抽出・樽貯蔵」のマスカット・ベーリーAワインとは一線を画し、完熟した原料ブドウで柔らかめの抽出・軽めの樽熟成(アメリカンオークを使用)で華美さよりも繊細さを追求しています。
よく引き合いに出されるマスカット・ベーリーA独特の「イチゴキャンディー」っぽい薫りも隠し味程度に残してあり(ワイン通の人や醸造家の中にはこれをあまり好まない人もいます。)、あえて風味の一部としてワインにとりいれています。
一樹氏によると「ブドウの個性をあまり殺さない」のが信条。フルーティーさを主体にし、普段の食事との相性を重視した結果とのこと。なので、中身はしっかりしたワイン、でも肩肘張らずに頂けます。もうすぐ航空便で「ボージョレ・ヌーボー」がウジャマンと輸入される季節になってきましたが、あんなものに高い金出して変にテンション上げて騒ぐよりもこのような優れたワインを頂く方がよろしいんじゃないんでしょうか? 私はそう思います。
○『麻屋ルージュ・甲斐ノワール 樽熟成(2005)』
最後は花鳥風月シリーズの赤で最もボディー感のある重厚なワインの部類に入ります。日本の赤品種として、山梨県果樹試験場が交配(カベルネ・ソーヴィニョン×ブラック・クイーン)して産み出した品種で過去の小生記事でもちょくちょく登場する品種です。
醸造家の腕が問われる品種」と私はよく記しますが、結構鋭角的な酸に豊富なタンニンと性格的にアクの強いタイプのブドウであるのがその理由で、ワインに飲みなれた人でも好き嫌いが分かれる方といえるでしょう。しかし、こちらの麻屋さんのワインでは以前の記事に記した通りそのような心配はご無用。じゃじゃ馬を手懐けているかのごとく、しっかりとした色でありながら端正かつまろやかな渋みと程よい酸に、黒スグリのような味わいがしています。秋なので、鹿や猪などの「日本のジビエ」と頂いたらなおのことよろしいかもしれません。

  • 総論

現在も会長を務める祖父・社長さんである父、そして一樹氏と親子三代が揃ってワイナリーを支えていますが、東京農大卒業後広島の酒類総合研究所を経て山梨県立のワインセンターに勤務して腕を磨いて行った一樹氏が陣頭指揮をとるようになり、現場ではかつての地ワイン醸造元の良き姿を残しつつも新しい風を取り込んでいます。その結果がワインの味に着実に反映されていることが如実に伺えます。(国産ワインコンクールでも評価がされ、実際に入賞しています。)
はきはきとした気風で勢いもありますが、しっかりと研鑽を積んできた裏打ちが若旦那さん・一樹氏の力量となって表れ、しかも一貫している所にこのワイナリーが変貌を遂げた理由があると小生は見ております。これからの舵取りに注目して行きたいと思います。
今回の催しでは、麻屋葡萄酒の雨宮一樹氏・萩浜園の萩原元氏・ならびにツアー案内役のソムリエ・大山政弘氏の企画の下、充実した内容でお世話になりました。改めてこの場を借りて御礼申し上げます。有り難うございました。
○関連記事
山梨発『アッサンブラージュ』ワイン会に参加して。(小生2008年3月23日記事より)

*1:2004年のセレクションでは甲州A部門(1800円以下の価格のワインの部)にて『勝沼甲州シュールリー(2003)』が第3位に入賞していす。

*2:甲州街道笹子峠を越えて盆地に出たところの街道北側の山手の地域です。街道と日川を挟んで南向いがメルシャンさんの畑が開墾されている「城の平」になります。

*3:日本のワイナリーに行こう 2009』(2008年4月25日小生記事参照)や『日本ワインを造る人々(3) - 山梨県のワイン』(2008年8月14日小生記事参照)にも掲載されています。