コンクールのあり方

酒類に限らず、コンクールは議論の的となり、ましてや千差万別の嗜好品だと話はややこしくなるのが世の常。
先日の記事で触れましたが、国産ワインコンクール結果が発表されました。やはり、ネット界隈では結構話題になっているが、なかなか表には議論が出て来ません。そこで、小生は敢えてオープンなこの場で苦言では無く提言をきちんと述べたい。
(意見があるのでしたら、最低ハンドルネーム・もしくは実名を入れた上でコメント欄に投稿して下さい。プロフィール欄にあるように小生は実名を出しています。裏でコソコソするのはマナー違反。)

  • 本数制限について

このエントリー制限(1銘柄1,000本)に関しては
<賛成派>
「一般に流通するだけの数量を確保出来ないのでは国産ワイン普及と云う趣旨から外れる。」
<撤廃派>
「本数面で要件を満たすのが厳しい中小のワイナリーでも、緩和する事でより活性化する。」
と云う主張に集約されてきます。
それぞれの主張には納得出来ますが、私の意見は、本数問題に矮小化するのはナンセンスで問題の本質が見えなくなる事です。嗜好品なので結果が全てでは有りませんが、本数制限撤廃派・賛成派の方々共々、総合的な観点で議論した方が良いでしょう。
本数の敷居を下げて問題になるのが、所謂小仕込みの『コンクールに特化したスペシャル・キュベ』が生産される事です。しかし、生産本数が多くとも、製造工程で抜き取ってコンクール提出用に別途調整することも技術的には容易に出来ます。本数がどうであれ、裏をかいて「チューン」する事は可能ですから。
私としては、
『本数制限は、生産本数300本以上。(但し、一銘柄に複数のミレジムの商品が存在する場合は一種類のみのエントリーとする。)*1
が必要条件と考えてます。余計な条項(レギュレーション)は、解釈の齟齬や例外措置を増やす事に繋がりかねないので*2、原料生産がおぼつかない現状*3を踏まえてこの本数を最低限レベル(約一樽分にもなる。)とし、今後原料生産が軌道に乗れば本数制限を上げればと考えております。*4
採算度外視のあまりにも少ないのはいくら何でも無理があるので、エントリーするのは遠慮して頂き、少量生産の部と分けるのでは無く『同じ土俵で競わせる』のが重要です。*5

  • 審査について

これに関しては、実際に口に含み、味わう官能評価という事で結構難しい所ではあるが、審査員が全てのワインを評価すべきでしょう。
現行の国産ワインコンクールの運営では、欧州系赤・白・甲州と各部門毎に審査員がグループに分けられ決められており、ある部門の審査員が他の部門を審査することはありません。(すなわち、全員が全てのエントリーしたワインを審査していない。)したがって、審査方法が精巧で正しい手法であっても、限られた人数の審査で固定化しているのでは、n数が少なく審査員個人の志向が強く出てしまうことになります。これは、統計学的にも当たり前の事で、ある結果が突出するのは当然のことです。公開テイスティングまで行う以上評価は平準化して然るべきもので、多面的に評価する事がコンクールの公正性を保つ意味で重要です。
もちろん、評価が大変と云う事になりますが、予選(一次審査)と本選(二次審査)を一度に行わず、予選1〜2日間・本選2日間と間を空けて二回に分け*6、余裕を持って審査に専念すべき環境を整える事です。プロの方々の矜恃を保つ意味でもこれぐらいの事はこなして当然で、スケジュール確保も主催者はもちろんの事・審査員も任命されたからには『日本ワインのレベル向上に寄与する。』と云う誇りを持って審査期間においては本業より優先して任務を全うするという気概を持って頂きたいです。

  • 最後に

エントリーするワイナリーが固定化されているという問題もありますが、小生は現在参加されていないワイナリーも、上記の問題をクリアしたならばエントリーして貰いたいと考えております。
コンクールに出るのは、コンクールに受けるためのワインを造るのが目的では無く、市場における一つの価値判断の基準となるからです。
最初の方に記した様に、『千差万別の嗜好品』であるワインに絶対的指標はありません。しかし、市場に流通して消費者へ流れる市場経済の下、経営が成立し・人々が購入する当たり前の事実で動いている以上、何らかの広く知れ渡る基準もあって然るべきです。
そうすると、マスコミやワイン専門誌・酒販店や料飲店の評価、そして個人Webサイトの評価はOKで、公知されたコンクールは駄目だと云うのはあまりにも短絡的なのでは? むしろ、マスコミやワイン専門誌・個人Webサイトの評価では、私情や個人的思い入れ・様々なバイアスが係っていることも無きにしもあらずです。
かつては在籍した製造業・IT産業の最前線にいると日進月歩の進歩を強いられます。一方、携帯電話の様な工業製品(プロダクト)と違って、生命体であるブドウは1年に1回しか出来ません。しかし、ワインとして市場に流通する以上プロダクトとしての側面も忘れてはなりません。
こうした点を踏まえ、飲み手が場数を踏み単なる感覚的な所や理屈だけでなく*7、根底に流れる思想を掘り下げて探求した上で、葡萄造りからワイン造りに関して「叱咤激励」してもらうと造り手冥利に尽きるし、飲み手も意識が向上する建設的関係になれば嬉しいです。
最終的には購入するのは貴方自身です。あとは、個々人の嗜好で好きなワインを選んだらエエんちゃうの?


コンクールで一喜一憂している市場は、『私情』であって真の『市場』では無い。


(追記)
競技によって勝敗をつけるスポーツと異なり、ワインのコンクールは優劣を競うのが目的では無く、価値判断の指標を示す事とレベルの底上げを図る事が本来の趣旨です。むしろ、競争は、皆さんがワインを購入する市場において行われています。そうした時の「ルール」がワインだと「ワイン法」に当たる訳で、市場経済における自由競争で公正を維持する為に制定され、消費者だけでなく生産者や販売者がそれぞれ適正な利益と恩恵を享受するために存在するのが本来のあるべき姿でしょう。

*1:例えば『okkuu カベルネ・フラン(2007)』と『同(2006)』と併売し市場にて流通している場合は、選択して片方だけのエントリーとする事です。(ミレジム:フランス語での「収穫年」・英語では「ヴィンテージ」)大手のように絨毯爆撃で同じ銘柄で複数年のを出されるのは、機会均等の意味から合理的では無い。それと、エントリー本数の無闇な増加を防止出来ます。

*2:生産時期やミレジムについて、色々と付帯事項をつけると、「付則」だらけで絡んだスパゲッティー状態になりかねない。シンプルなのが一番。

*3:実は日本の農業問題の根幹に関わる此方がもっと問題。

*4:公開テイスティングの入場料に、スズメの涙でも構わないので全国のワイン葡萄専業生産者基金を創設し、寄付金を繰り入れてインセンティブセーフティーネットを確保するのは一つの案だとして提案したい。

*5:本数制限を下げた事によるエントリー数の増加は、参加費用を本数が多い場合に1銘柄のエントリー料を上げる事で対処する方法があります。Japan Wine Challengeでは1〜10銘柄では\25,000- で、11銘柄以降は1銘柄に付き\20,000- と募集要項で決められてますが、逆に、国産ワインコンクールでは(例として)1〜10銘柄では\10,000- で、11銘柄以降は1銘柄に付き\20,000- と仕事量が増えることに対する対価として釣り上げる事も考えれば良く、なんら倫理的にも問題は無い。ちなみに、現行の要項では\10,000- です。

*6:現行では、2009年の場合3日間。

*7:人は、往々にして感覚か理屈だけにおもねる事が多いです。本当はバランスが重要です。