デラウェアはワイン用ブドウの夢を見るのか?

正直、私は過去、ワイン用のぶどうとしての可能性を余りデラウェアには見出していなかった…。

日本のワインで言うと、純然たるワイン用のぶどう・いわゆるVitis Vinifera 種(以下、ヴィニフェラ種)のものや、甲州種、マスカット・ベーリーAに代表される“善兵衛品種”などが確固たる地位を築いており、デラウェアは安価な一(いち)原料用としての役割に過ぎないと云うのが、これまでの通念であった感は否めない。

しかし、メーカーさんの努力により、タケダワイナリーさんの『サン・スフル 白』やカタシモワイナリーさんの『たこシャン』などに代表される、広く人口に膾炙する存在のワイン達が、デラウェアのワイン原料としての存在感を高めて行った。

また、高温多湿の日本の気候条件下で“栽培しやすいぶどう”と云う観点から、安定して原料が確保できる“入門編”的な位置付けのワイン原料用ぶどうとして、デラウェアは重宝されて来た。

加えて早生のぶどうなので、早期に収穫して新酒としていち早くリリースさせる事も可能ゆえ、経営的な観点でもキャッシュ・フロー面で直ちに資金化出来る。ある意味これほど利点のあるぶどうは他に無いと云えよう。

しかし、デラウェアの地位が実は安泰でも無い…と云う岐路に差し掛かっている。

これは、農林水産省の統計資料として公開されている、 『特産果樹生産動態等調査』 *1 における「果樹品種別生産動向調査」の生食用ぶどうの栽培面積累年統計(2001年から2020年まで)よりデーターを抜粋しグラフ化したものである。

ぶどう[生食用]の栽培面積累年統計(2001年から2020年まで)、農林水産省:『特産果樹生産動態等調査』における「果樹品種別生産動向調査」より作成


シャインマスカットの勢いが、もの凄い…。
定番のデラウェアを、既に栽培面積で追い越しているのだ❗️

唯一の「勝ち組」と言っても差し支えない存在で、種無しはおろか皮ごと食べれるし、特に子供にウケている甘い食味が市場を席巻している。

この人気は、生食用ぶどうにおいて他の追随を許さぬ一方で、品種登録制度の抜け穴による海外流出や開花異常の現象、最近では生産過剰に伴う値段の下落(個々の問題については本題から外れるので、割愛)など、急速に人気が高まったところに起因すると思われる「光と影」が交錯しているのが現状である…。

かように人気が急上昇したため、シャインマスカットは他のぶどうから品種の転換が進んでいることは否めない。特に、デラウェアの凋落傾向は顕著で、農林水産省の広報誌『aff(あふ)』の2019年5・6月号に掲載されている『品種別栽培面積の割合の変化』を見ると、デラウェアがかつては人気No.1であったことに驚く他ない。

デラウェアというぶどうは、明治の頃米国から導入されたアメリカ系の雑種のぶどうで、当時の殖産興業政策によって全国に広まった
(その辺りの経緯は、当方が事業主を務める「おおさかぶどう・ワインの郷」の歴史の項目に挙げられている【参考文献】を参照されたい)。

しかし、大粒でより甘いぶどう「巨峰」がほぼ戦後に出現したことは、当時において現在のシャインマスカット以上の衝撃であったかも知れない…。

「たしかな事実」のあかし「巨峰」を創った大井上康と仲間たち 〜 公益社団法人農林水産・食品産業技術振興協会 Webサイトより
栄養週期理論と巨峰栽培の苦難の歴史 〜 日本巨峰会 Webサイトより

そこを翻しても、定番ぶどうとしてベストセラーの地位を揺るぎなきものにしたのが「無核化(種無し化)」の技術であった。この技術を、着実にものにして技術を積み上げて行ったことで、生産が順調に伸びた。当時は、現在のシャインマスカットの急速な拡大の頃とはまた状況が異なっているとはいえ、農業技術の進歩している現在と比べ環境的に劣る状況にも関わらず、種無し化への転換がデラウェアの地位向上に大きな役割を担っていたのである。

種なしブドウの誕生(1)稲の病菌毒素から生まれたジベレリン 〜 公益社団法人農林水産・食品産業技術振興協会 Webサイトより
種なしブドウの誕生(2)若者の情熱取り入れた技術革新 〜 公益社団法人農林水産・食品産業技術振興協会 Webサイトよりhttps://www.jataff.or.jp/senjin/dera.htm

だが、確実な種無し化にはジベレリン処理の適期を逃さずにしなくてはならない。人気を博する大粒系のぶどうは基本新梢一本に一房(「一枝一果(“いっしいっか”と呼ぶ)」)が基本なのに対し、小粒で房の小さいデラウェアは新梢一本に2から3房を着けさせる。そして、一房一房満遍なく時期を逃さずジベレリン処理をして行く*2となると、単純にデラウェアは他の大粒系ぶどうの2から3倍の工数を要するのである。これでは、大変である*3

また、デラウェアは小粒系でなおかつ房型も小さいため、一房重が軽くなってしまう。取引単価は生食でも醸造用でも、基本重量単位での単価を元に買い取りされる事が多いので、量をある程度増やさないと、収入面で厳しいものがある。しかも、他のぶどうと比べ相対的に単価が下がっているため余計に不利である。

すなわち、市場の人気面(皮ごと食べられる・甘みの強い食味)だけでなく

  • 特に種無し処理で工数を要し、手間が掛かる。
  • 安い単価や一房重の軽さに起因する、売上の低さ。

の2点で、デラウェアの地位は市場・生産の両面で下がらざるを得なかった…。

今までは老若男女親しまれる生食用として人気を博していたが、この状況では安価で確保しやすいワイン用原料用ぶどうとしての地位も危うくなっている。
質の面では著しい向上が見られる昨今の日本ワイン市場で、課題である「量の面」をなんとか支えれられる可能性があるぶどう品種が廃れようと云う局面に入って来たのだ。
筆者である私自身も、大阪だけで無く山形や山梨の大産地の方々からデラウェアの肩身が狭くなっている事は耳にしている。
ある商品が“終売”となって大騒ぎというのが良くメディアで取り上げられているが、大騒ぎの段階ではある意味“終わっている”のであって、遅きに失した状態である。

だからこそ、打開策は今のうちに必要なのだ…。

しかし、ここに来てかつての“安ワインの原料用ぶどう”と云う通説を覆い隠す、「スペシャルなデラウェアのワイン」が最近登場している。

セブンシダーズワイナリー『デラウェア & ジーガレーベ スパークリングワイン(2022)』

セブンシダーズワイナリー『デラウェアジーガレーベ スパークリングワイン(2022)』

タキザワワイナリー『デラウェア(2021)』

タキザワワイナリー『デラウェア(2021)』

タケダワイナリー『KOANA 樽熟成 白(2020)』

タケダワイナリー『KOANA 樽熟成 白(2020)』

広島三次ワイナリー『TOMOE デラウェア(2022)』

広島三次ワイナリー『TOMOE デラウェア(2022)』

生食用としてもクセが少ないながらもジューシーで滋味深く、ワインにしてもVitis Labrusca種(以下、ラブラスカ種)やその雑種特有のフォクシー・フレーバーが特別強い訳では無いデラウェアでは、質的な面を向上させることによってワインとしての価値を高められると考えられるが、上記のワインはそれぞれ異なるアプローチだがデラウェアの可能性を追求した意思に基づくワインとして挙げられる例である。特に、『TOMOE デラウェア(2022)』は、今年で第19回目を重ねる日本ワインコンクールにて、今まで金賞受賞ワインが無かった「北米系等品種・白」の部門で、初の金賞にしかもデラウェアで唯一輝いたワインである*4
(もしかして、当方が知らない他の逸品もあるかもしれないが、お許しを。)

こうした、質の高い逸品が登場し、中には価格帯でもヴィニフェラ系と遜色ないものが登場した事は、デラウェアのワインの価値を高め新たな可能性を提示してくれただけでなく、量産型の廉価版ワインへのフィードバックで全体の底上げに繋がる。
“ニワトリが先かタマゴが先か”では無いが、乱暴を承知の上で述べると『機動戦士ガンダム』のガンダムとジムの関係性のようなものである(笑)。

もはや、ワインの質が、「デラウェアだから」とか、「たかがデラウェア」とは言わせない…の域に来た事は、醸造面で課題改善に取り組んで来た先人の方々の技術向上による賜物であり、誇りである。
高品位なデラウェアのワインを手掛けている小生にとっても、大きな刺激になっている。

栽培の面についても考察してみると、種有りであれば確かに容易なのは事実ではあるが、質の高いデラウェアを作出するとなれば、また訳が違う。
剪定・萌芽・芽掻き・開花・新梢管理・収量調節・収穫の各段階で基本を踏まえつつより高度な管理を施すことで、質を高められる。これは、他の醸造用ぶどうにも通じるもので、栽培管理のエッセンスが存分に学習できる“打ってつけ”のぶどうだと、デラウェアにきちんと向き合うことで教えられたと思う。また、酸やpHとのバランスに注意を払うことを考慮しなければならないが、果汁糖度の面では割と上げることが可能(18度以上)である。従って、新規参入者には最初に導入する上で、第一候補となるぶどうとして推奨出来る品種だと考えられる。
その一方で、上記の通り原料ぶどうの安定的確保が日本のワイン市場での課題の一つだが、耐病性を有し農薬散布を減らせることが可能なデラウェアであれば、高温多湿の日本の環境で栽培しやすい事から、省力化の技術と結び付ければ量産は可能だと考えられる。
よって、量産性と高付加価値を両立可能となれば、何よりも栽培に向けての動機づけが高められ、作付け面積の減少に歯止めをかけられるであろう。

かつて、「種無しデラ」が新たな付加価値の創出だけで無く、需要と技術の進歩の起爆剤*5となった訳だが、歴史の因果か、今度は「種有りデラ」がワイン用ぶどうとなり、その潜在能力を開花させたファインワインが軸となって、他の量産型ワインを牽引する可能性が出て来た。


釣りの、「鮒に始まり、鮒に終わる」では無いが、生食用ぶどうの世界でも栽培面だけで無く飽きのこない味わいから「デラに始まり、デラに終わる」と言われているが、同じ「ぶどう」が関わるワインの世界でも、実は「デラに始まり、デラに終わる」のかも知れない…。


*1:『特産果樹生産動態等調査』の中に「果樹品種別生産動向調査」の項目があり、この累年統計をグラフ化したもので有る

*2:実際の、ジベレリンによる無核化の処理の仕方については、わかりやすい解説のサイトがあるので、こちら(“やくも果樹研究所”の「デラウェア ジベレリン処理【1回目】」と「同【2回目】」)を参照のこと。

*3:種が入っていると、消費者からのクレームがあるのは事実。

*4:過去の受賞結果についてはこちらを参照のこと。

*5:大粒系ぶどうの無核化技術の詳細については割愛するが、基本はジベレリン処理を中軸にしたデラの無核化技術を発展させたもので、果粒肥大促進のためのフルメットと確実な無核処理のためのストレプトマイシン(商品名「アグレプト」)の併用により、大粒系では難しかった種無し処理が可能になったのである。