「冷静な視点で日本のワイン界の現状を見つめ我が道を行く」奥野田葡萄酒醸造訪問

3件目の奥野田葡萄酒さんは始めての訪問。しかし、ここのワイナリーさんは今回の訪問の中で最大の収穫でした
奥野田さんは、独特のアートラベルのエチケットがトレードマークですが、その芸術センスの裏に隠されたワイナリー独特の経営戦略は、日本のワイン界にある意味エポックメイキング的な問いかけをしていると同時に、一般消費者はもとより愛好家、果てはソムリエや評論家達が囚われがちな変な固定観念とは一線を画したものであることを、このブログを見た方だけでも是非知って頂きたい事実として認識して欲しいです
綺麗な外観の小さなログハウスに我々一行七名を招き入れたワイナリーを経営する代表の中村雅量(まさかず)氏、早速2組のグラスに種類の異なる白ワインを注ぎ、味わってくださいと我々に出してくださいました。片方はくっきりとしたレモンイエローの酸味の利いたしっかりとしたボディーの辛口白で、もう片方は淡麗なイエローの柔らかで繊細な口当たりのすっきりとした辛口の白ワインでした。前者は明らかにシャルドネで、後者はもろ甲州種と分かります。それは、まるでどこかのウィスキーの宣伝文句のように『何も引かない・何も足さない』といった感じの清楚なワインでした。
中村氏は、二つのワインを引き合いに出して、一介の日本ローカルの品種に過ぎない甲州種が、今世界で存在が確立された欧州種と同等の世界レベルに達しているとマスコミ等がもてはやしていることに危機感を持っており、「香りが弱く、厚みに乏しい」とされてきた甲州種を、シュール・リーや、樽発酵・樽熟成、そして補酸・補糖といった工夫で、本格ワインとして通じさせるための『演出』で『サイボーグ』化するのではなくまずは日本の中で栽培からじっくりと腰を据えた取り組みで甲州種ワインを確立すべきと考えており、そのためには新興産地であるカリフォルニアの例を基に、国際品種とされるカベルネ・ソーヴィニオンやメルロ、シャルドネといった品種で世界にその存在をアピールし、それから「実はカリフォルニアにはこんな美味しい独特の品種があるんですよ。」いった順でジンファンデルが世界に認知されたように、日本もまずは国際品種から世界に問うべきで順番が逆になっている、と静かな口調の中にも、凛とした主張で語っておられました。(よくよく考えてみれば、オーストラリアやNZが高品質のワインの産地として認知されるようになったのも、国際品種での地位を確立したからですしねぇ。)
ちなみに、前者は「桜沢シャルドネ【オーク樽醗酵】(2002)」で、後者は「夢郷奥野田 白(1999)」です。この「夢郷奥野田 白」は一切の補糖・補酸を施していません。つまり、「ありのままの甲州種」を端的に表現したスタイルの白ワインです。
話を聞きフト考えたのですが、甲州種ワインは確かに日本人の口には合うのですが、これをそのまま外国に持って行ってはキャラの確立した国際品種で溢れ返ってる世界のマーケットには通用しないというのが一目瞭然です。そして、『サイボーグ』化では歪められた姿のまま、よく言えば多種多様なワインが存在する、悪く言えばキャラが確立していない(ぶっちゃけた話、造り手の中でさえブドウの特性を踏まえた上での真の「甲州種ワイン」についての共通認識とコンセンサスが確立されてないと思います。個性を出すのはその後からでよい。)、そんな状態で国際マーケットに出すのは誤解を生みかねない。私は4月11日の記事4月18日の記事、そして5月12日の記事を書いたことを思い出し、日本国内というマーケットで足元固めをきちんとしてから「甲州種ワイン」を世界に問うことと、そのためにも継続的な取り組みで息長くやる正攻法しかないのだと改めて自身の持論が全て正しい訳ではないが決して間違ってはいないと確信しました。
そして、中村氏は、「日本国内というマーケットで足元固め」を行う為に、一部の好事家だけに知ってもらうのでは無く、一般にも手が届く所で認知される為にも、コンビニシェアNo.1のセブンイレブンと手を組み、高品位の日本ワインをミニボトルという形態で売り出すことに着手し、山梨・長野限定ですが販売を行っております。
この経験は、中村氏が市場マーケティングを学ぶ良い経験になったと語っており、既成概念の枠からでは考えられなかった発想といえましょう。そして、県内限定ですが売上ランキングは酒類のベスト5内にランクインする程の人気商品となり、小口化でかえってボトリングや独自の規格の瓶を用いるハンディーで経費がかさむのを跳ね除けて逆に充分ペイする程になり、カップ酒のような「ホットワイン」も売り出し大人気になったそうです。
また、赤ワインに関しても、最近中村氏は独自の考えで取り組むようになりました。つまり、日本だと欧州と違いコテコテの肉料理が普段の食卓でしょっちゅう出る訳ではないので、和食にも合うような(6/12追記:和食というよりも魚主体の日本の食卓でシチュエーションをコテコテの肉料理だけに限定しないと言い方が正しいかもしれません。)仕立ての赤ワインが必要ということで「夢郷奥野田 赤」の2004ヴィンテージからは樽の使用を一切控え瓶熟成で仕上げたメルロの赤ワインへとフルモデルチェンジしました。(「Wine Venus(2004)」というワインです。)なんか、思いっきりデジャ・ヴューに包まれたのですがそれもそのはず、4月6日の記事で取り上げたカタシモさんの「カハラワイナリー メルロ」と同様のコンセプトなのです!
カハラのメルロとは若干味わいが異なる(カハラさんのは控えめな土の香りですが奥野田さんのはチョコレートの香りが印象的でした。)ものの、水のようにスッと入り込む飲み口はまったくクリソツです。
こういった、既成概念から解き放たれることにより鳥のように俯瞰して日本ワインの現状を見つめる中村氏の話を聞けた事は大いに収穫になり、かつ自身の考えと共通するものがあって非常に意義深い訪問となりました。
そして今、中村氏は自然派のワイン造りにも注目し、それに乗り出そうとしています。気楽斎様とmutsu様ご一行が関西へ戻らなければならない関係上、そのお話を聞くのには時間切れとなってしまったのですが、また改めての機会にということで、とりあえず「Wine Venus(2004)」1本を注文し別途送って頂くことにしました。そして、帰り際に一本のワイン「冬花火」を渡されました。このワインを飲んで是非とも感想を聞きたいと中村氏が仰っておられたので、その約束を胸に帰路へ着くことになりました。
●参考記事
「自転車で行く 訪問・日本のワイナリー」の、奥野田葡萄酒の項
「盆略ワイン倶楽部」の、『甲州ワインの未来』の2004.5.20の記事